1. 自筆証書遺言保管制度の概要 遺言書は、遺言者が自分で書いて、自分で保管をしておくことができます。しかし、遺言書を紛失したり、遺言者の死後に相続人が遺言書の存在を知ることができなかったり、相続人が廃棄、隠匿、改ざん等を行ったりといった問題が発生する可能性があり、自分で書く遺言書(「自筆証書遺言」といいます。)は、あまりお勧めできませんでした。しかし、このような問題の発生を防ぐため、2020年7月10日から、法務局が自筆証書遺言を安価な手数料で保管してくれるようになりました。2. 公正証書遺言との比較 これまでも、公証人に公正証書で遺言(「公正証書遺言」といいます。)を書いてもらえば、紛失、廃棄、改ざん等を防ぐことはできました。しかし、公証人役場は、沖縄県では、那覇市内と沖縄市内の2箇所にしかありません。沖縄県内の公証人の人数は少なく、予約してから遺言書の完成まで2~3か月要するという場合が多いようです。沖縄の皆様にとって、公正証書は、使い勝手が良いもとは言えません。自筆証書遺言保管制度を用いれば、公正証書遺言よりも手軽に、遺言書の作成と保管ができるようになったと言えるでしょう。もっとも、公正証書で遺言書を作成しておいた方が望ましい事案もありますので、弁護士等の専門家に相談した上で、どの方法で遺言書を作成するのかを決めた方が良いでしょう。3. 自筆証書遺言保管制度の利用方法 自筆証書遺言の保管申請の手続きは、次のとおりです。私は、依頼者の自筆証書遺言書作成の際に、自筆証書遺言保管制度の利用もお手伝いしたことがあるのですが、非常に使いやすい制度になっていると感じました。① 自筆証書遺言の作成 財産の目録は、パソコンで作成することなどもできますが、本文は、遺言者本人が全て自書(手書き)する必要があります。本文及び目録に署名押印をしなければなりません。法務局では、一定程度、形式面のチェックをしてくれますが、遺言の内容に関して相談をすることはできません。遺言書は、形式面の間違いから無効になる場合があります。例えば、日付けを「2022年1月吉日」と書くと、遺言書は無効になってしまいます。内容面でも、相続人全員に配慮をしたものにしないと、自分の死亡後に相続人間で深刻な紛争が生じ、財産を相続した人も含め、相続人全員が不幸に感じるという事態に陥りかねません。したがって、自筆証書遺言保管制度を利用する場合でも、遺言書を作成するときには、弁護士等の専門家に相談した方が良いでしょう。② 遺言書保管所の決定 遺言書保管所(法務局)をどこにするか決めます。遺言者の住所地や本籍地などを管轄する法務局で申請可能です。③ 保管申請書の作成 保管申請書に必要事項を記入します。④ 予約 保管の申請の予約をします。⑤ 保管の申請 予約した日時に、遺言者本人が、遺言書(上記①)、申請書(上記③)、添付書類(本籍及び筆頭者の記載のある住民票の写し等)、本人確認書類、手数料(遺言書1通につき3,900円)を持参して法務局の窓口に行き、保管の申請をします。郵送や代理での申請はできません。⑥ 保管証の受領 保管番号等が記載された保管証を受け取ります。4. 自筆証書遺言保管後にできること (1) 遺言者ができること 遺言者は、遺言書保管所(法務局)に自筆証書遺言書を保管してもらった後は、次のことができます。① 遺言書の閲覧請求 遺言者は、法務局に保管してもらっている遺言書の内容を閲覧して確認することができます。② 遺言書の保管の申請の撤回 遺言者は、法務局に遺言書を保管してもらった後も、遺言を撤回したり、遺言の内容を変更したりするために、保管の申請を撤回して、遺言書を返してもらうことができます。③ 変更の届出 保管の申請時以降に、遺言者、受遺者等の氏名、住所等の情報に変更が生じた場合、遺言者は、変更の届出をすることができます。遺言者は、自らが死亡したときに、あらかじめ指定した3名の者に対して遺言書が保管されている事実を通知するようにすることができます。この指定者通知が確実に相続人等に届くようにするため、申請時の情報に変更が生じたときには、変更の届出をしておいた方が良いでしょう。(※)※ 2023年10月1日までは、指定者通知の対象者として指定できるのは、受遺者等、遺言執行者又は推定相続人に限定されており、また、人数は1名のみでした。従前の制度の下で指定者通知の対象者を1名指定している場合も、変更の届出により対象者を追加可能です。(2) 遺言者の死亡後に関係者ができること 相続人、受遺者、遺言執行者などが法務局に保管されている遺言書の内容を確認したりすることができるようになるのは、遺言者が亡くなった後です。関係者は、遺言者の死亡後、次のことをすることができます。① 遺言書保管事実証明書の交付請求 遺言者の遺言書が保管されていること又は保管されていないことを証明する書類を交付してもらえます。② 遺言書情報証明書の交付請求 遺言書の内容を証明する書類を交付してもらえます。この証明書は、登記等の手続きにそのまま利用することが可能であり、家庭裁判所の検認を受ける必要もありません。③ 遺言書の閲覧請求 法務局に保管されている遺言書の内容を閲覧して確認することができます。相続人などが、②又は③を行うと、遺言書保管官は、他の相続人等に対して遺言書を保管している旨を通知します。この関係遺言書保管通知により、遺言書の存在を知る機会がなかった他の相続人も、亡くなった方の遺言書が法務局に保管されていることを知ることができます。5. 遺言に関する相談 弁護士以外の士業も遺言書の作成を支援していますが、死後の紛争の発生を防止するための工夫をほとんどしていないという遺言書を見ることがよくあります。不動産の所有権移転登記ができない遺言書すら見たことがあります。しかも、手数料がかなり高額という事例もあるようです。遺言書を作成する目的の一つは、遺言者が死亡した後の相続手続きを円滑に進めることにあります。遺言者の死亡後、相続人間で紛争が発生してしまうと、この目的を達成することができず、裁判等で財産をもらった相続人等が大変な思いをするということも少なくありません。確実な登記のためには司法書士、財産が多額の場合は税理士に相談すべきと言えますが、このような事態を可能な限り避けるという紛争予防の観点からは、遺言書の作成は、ひとまず弁護士に相談された方が良いように思います。弁護士は、必要があれば、司法書士や税理士に確認したり、司法書士や税理士を紹介することができます。2022年2月2日(2023年11月4日一部訂正)