自動車、オートバイなどを運転するのであれば、自らが交通事故の加害者となってしまう場合に備えるため、適切な自動車保険に加入する必要があります。「自動車保険」というと、通販型(ダイレクト型)の損害保険会社などがテレビCMなどで広告しているものをイメージします。しかし、実際には2種類あります。自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)と任意自動車保険(任意保険)です。なお、このコラムでは、自動車共済もまとめて「自動車保険」として扱って説明します。1. 自賠責保険(共済) (1) 強制保険であること 自動車損害賠償責任保険(「自賠責保険」といいます。)は、自動車損害賠償保障法5条により加入が義務付けられている強制保険です。自賠責保険に加入しないまま自動車、オートバイなどを運行させるだけで、刑事罰(1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)及び行政処分(違反点数6点、免許停止処分)の対象になります。(2) 意義 自賠責保険は、人を死亡させたり、怪我をさせたりしてしまったことに伴って発生する損害(「人身損害」又は「人的損害」といいます。)に対して最低限度の補償をしてくれる保険です。自賠責保険は、過失割合にかかわらず、死傷した者を被害者として扱い、国が定める支払基準に従って保険金を支払ってくれます。(ただし、死傷した者の過失割合が7割を超える場合には保険金が減額等されます。)自賠責保険の保険金の支払限度額(上限)は、被害者1人あたり、死亡の場合は3000万円、後遺障害を残した場合はその等級に応じて4000万円~75万円、傷害の場合は120万円です。(3) 不十分な点 人身損害に対する自賠責保険の保険金の額は、十分とは言えません。また、自賠責保険からは、車などの物を壊したことに伴って発生する損害(「物的損害」といいます。)に対する保険金の支払もありません。したがって、交通事故の加害者となる場合に備えるためには、自賠責保険に加入するだけでは不十分で、任意自動車保険にも加入する必要があります。2. 任意自動車保険(共済) (1) 意義 任意自動車保険(任意保険)は、対人賠償責任条項により、自賠責保険の支払限度額(上限)を超える人身損害を発生させてしまった場合に、上限を超えた部分の損害賠償金を支払ってくれます。また、対物賠償責任条項により、物的損害の損害賠償金も支払ってくれます。任意自動車保険は、損害保険会社各社、JA、全労済などが独自の商品を出しており、内容もそれぞれ異なっています。(2) 高額賠償事例に見る任意自動車保険の必要性 別コラム「交通事故発生時の加害者の3つの責任」でも書いていますが、被害者が死亡したり、被害者に重い後遺障害が残ったりすれば、損害額が1億円を超えるような高額になってしまうことも十分考えられます。任意自動車保険は、このように、稀にしか発生しない多額の損失が生じるリスクが現実化してしまう時のために必要です。私が実際に取り扱った沖縄県内の交通事故でも、以下のような高額賠償事例があり、交通事故の加害者になってしまう場合に備えるため、任意自動車保険に加入する必要性が高いということがお分かりいただけるのではないかと思います。※ 全ての事件で、以下の各事例でご説明するような高額の損害賠償金、保険金等を獲得できるわけではありません。<事例1> 死亡事例 ~ 任意自動車保険あり被害者は未成年の方で、交通事故で死亡してしまいました。加害者側は任意自動車保険に加入していました。私が被害者ご遺族の代理人として民事訴訟を提起した結果、被害者ご遺族は、損害賠償金として6000万円を支払ってもらうことができました。事例1の加害者は、任意自動車保険に加入していたからこそ、被害者ご遺族に対して多額の損害賠償金を支払うことができたと言えます。<事例2> 後遺障害事例 ~ 任意自動車保険なし被害者は、交通事故で、腰椎圧迫骨折に伴う脊柱の変形傷害(後遺障害等級第8級相当)を負いました。加害者は、任意自動車保険未加入でした。何らかの事情で任意自動車保険の更新をしていなかったようです。私は、被害者の代理人として加害者名義の不動産の仮差押えをした上で、民事訴訟を提起しました。この結果、被害者は、自賠責保険金900万円超に加えて、加害者から2000万円の支払を受けることができました。事例2の加害者は、年額数万円の任意自動車保険の保険料を支払っていなかったために、被害者に対してその数百倍にもなる損害賠償金を自分で支払わなければいけなくなったと言えます。<事例3> 死亡事例 ~ 任意自動車保険なし被害者は、交通事故で死亡してしまいました。加害者は、自賠責保険には加入していたものの、任意自動車保険には加入していませんでした。被害者のご遺族2名は、自賠責保険金として合計3000万円超の支払を受けましたが、自賠責保険は最低限度の補償をしてくれる保険に過ぎず、損害賠償金としては十分な額とは言えませんでした。私は、被害者ご遺族2名の代理人として民事訴訟を提起し、「加害者はご遺族2名に対して合計2100万円超の損害賠償金を支払え」旨の判決を得たのですが、加害者は、損害賠償金を支払ってくれませんでした。事例3の加害者は、任意自動車保険に加入していなかったため、判決で命じられた損害賠償金をご遺族2名に対して支払うことができなかったと言えます。なお、被害者の任意自動車保険に無保険車傷害特約が附帯されていたため、ご遺族2名は、その後、被害者の任意保険会社から、無保険車傷害保険金として、この判決で確定した損害賠償金の額から物的損害に対する損害賠償金の額等を控除した残額1900万円超を支払ってもらっています。(無保険車傷害特約については、別コラム「自動車保険のお勧めの特約(4) ~ 無保険車傷害特約」にて詳しく解説しています。)被害者の任意保険会社は、判決の約6年後に、事例3の加害者に対して求償金支払請求をしたと聞いています。(3) 保険金額の設定 任意自動車保険に加入することで、上記(2)の各事例のように、稀にしか発生しないけれども、発生した場合には貯蓄などの他の対策ではカバーできないような多額の損失が生じるリスクに備えることができます。多額の支払に備えることを目的とする以上、対人賠償責任及び対物賠償責任の保険金額(保険会社が支払う保険金の限度額)は無制限にした方が良いでしょう。3. 任意自動車保険(共済)の選び方 加害者側の任意保険会社が被害者に対して提示する損害賠償金の額は、裁判すれば認めてもらえるであろう金額よりも控えめであることが多いです。特に、いくつかの保険会社は、被害者ご本人に提示する場合、高い確率で、大幅に低い金額を提示しているように思います。このような実態を踏まえると、任意自動車保険は、被害者に誠実な提示をしてくれる保険会社の商品を選ぶべきと言えます。私の自動車の任意保険会社は、被害者ご本人には多少控えめな額を提示しているようです。しかし、被害者が弁護士を代理人に選任し、弁護士が、裁判すれば認めてもらえるであろう水準を踏まえて交渉をすれば、誠実に支払ってくれるという印象を持っています。(私自身は、幸いにしてまだ加害者として任意保険を使ったことはないのですが、複数の交通事故事件で被害者代理人として自分の任意保険会社と交渉をした結果、このような印象を持つようになりました。)私は、交通事故を起こしてしまったときには、被害者の方に対して謝罪をすると共に、「保険会社から金額を提示された時は、ご面倒でも、ご近所の法律事務所で弁護士の法律相談を受けるようにしてください。」とお願いすることを前提に、この任意保険に加入し続けています。2022年5月2日(2022年9月3日一部訂正)