<任意労災保険の必要性> 任意労災保険(「労災上乗せ保険」ともいいます。)は、使用者(事業主)が、労働者災害補償保険法に基づく労働者災害補償保険(一般的には「労災保険」と呼びますが、このコラムでは「政府労災保険」と呼んで説明します。)により補償される範囲を超えて損害賠償責任を負う場合に備えるための保険です。任意労災保険の必要性をご理解いただくためには、まず、政府労災保険の制度を理解していただく必要があります。1. 政府労災保険による補償は不十分です! (1) 政府労災保険とは 政府労災保険は、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害又は死亡(「労働災害」又は「労災」といいます。)が発生したときに、労働者やその遺族に対して保険給付を行う、政府が取り扱う保険です。政府労災保険は、強制的な保険で、農業等の一部を除き、1日・1人でも労働者(従業員)を使用する事業に適用されます。アルバイトやパートタイマー等の雇用形態は関係ありません。労働者やその遺族の援護のため、使用者(事業主)に過失がなかったとしても、保険給付が行われます。その費用は、原則として使用者が負担する保険料によってまかなわれています。(2) 政府労災保険の給付内容 労働者が労働災害に遭った場合の政府労災保険の主な給付内容は次のとおりです。療養補償給付(療養給付)負傷や疾病の治療を無料で受けられるようにしたり、療養にかかった費用を支給したりします。休業補償給付(休業給付)・休業特別支給金労働者が負傷や疾病の療養のために労働することができず、賃金を受けることができなかった場合に、平均賃金の8割の額を支給します。障害補償給付(障害給付)労働者の身体に一定の障害が残ってしまった場合に、障害等級に応じて、年金や一時金を支給します。遺族補償給付(遺族給付)労働者が亡くなった場合に、遺族に年金や一時金を支給します。葬祭料(葬祭給付)労働者が亡くなった場合に、遺族等に葬祭料を支給します。労災就学援護費・労災就労保育援護費労働災害により亡くなった労働者の遺族(遺族補償年金受給権者)やその子などが学校に在学していたり、保育所に預けられたりしている場合で、一定の要件を満たすときに、援護費を支給します。他に、傷病補償年金(傷病年金)、介護補償給付(介護給付)などがあります。(3) 遺族補償等の計算例 政府労災保険の給付水準を具体例でご説明します。〔設例〕年収(額面)360万円の労働者Aさん(男性、29歳)が、1か月100時間を超える時間外労働をした結果、心筋梗塞を発症して倒れてそのまま亡くなり、妻と子1人(7歳)がご遺族となった場合(給与年額約310万円→給付基礎日額8,500円、賞与年額約50万円→算定基礎日額1,370円と想定)労働基準監督署から死傷病の原因が業務又は通勤によるものとの認定(「労災認定」又は「政府労災認定」といいます。)を受けると、Aさんのご遺族には以下の給付が行われます。遺族補償年金 170万8500円(年額)給付基礎日額8,500円×201日(遺族2人)ただし、遺族基礎年金や遺族厚生年金を受け取っている場合、遺族補償年金は12~20%減額されます(「併給調整」といいます。)。遺族特別年金 27万5370円(年額)算定基礎日額1,370円×201日(遺族2人)遺族特別支給金 300万円葬祭料 57万円31万5000円+給付基礎日額8,500円×30日労災就学援護費 1万2000円(小学生、月額)以上をまとめると、Aさんのご遺族が政府労災保険から受け取ることのできる金額は、一時金357万円(3.遺族特別支給金及び4.葬祭料の合計額)と毎年年額約213万円(月換算約17万7300円。1.遺族補償年金(併給調整前)、2.遺族特別年金及び5.労災就学援護費の合計額)になります。(なお、年金額は賃金水準の変動に応じて増減します。一般の労働者1人あたりの平均給与額の変動率を基準として、給付基礎日額を毎年改定するスライド制が取り入れられているためです。)政府労災保険の給付額は、ご遺族に対する補償として十分とは言えません。次のコラム「任意労災保険の必要性(2) ~ 使用者賠償責任を負う場合への備え」に続きます。2022年6月6日