前のコラム「任意労災保険の必要性(2) ~ 使用者賠償責任保険加入のすすめ」の続きです。4. 任意労災保険(労災上乗せ保険)加入時に注意すべきこと 任意労災保険(労災上乗せ保険)といっても、使用者賠償責任保険、法定外補償保険、業務災害補償保険の3種類あります。では、どのように加入したら良いのでしょうか。(1) 使用者賠償責任保険に加入しましょう! 使用者(事業主)として一番備えておく必要があるのは、業務災害が発生し、使用者が労働者本人やそのご遺族に対して高額な損害賠償金の支払義務を負う場合です。任意労災保険に加入するのであれば、必ず、使用者賠償責任保険に加入することを中心に考えるようにしてください。(2) 法定外補償保険に加入する必要はあるか? ① 使用者(事業主)一般 使用者賠償責任保険の場合、政府労災認定を受けても、損害賠償金額が確定するまでは保険金が支払われません。法定外補償保険に加入しておくと、政府労災認定後から損害賠償金額確定までの間に、必要な補償の一部分を先に支払うことができます。使用者が損害賠償責任を負わない労働災害(通勤災害など)が発生した場合にも労働者本人やご遺族に補償をしてあげたいということであれば、福利厚生を副次的目的として、法定外補償保険に加入することを検討しても良いでしょう。② 公共工事の入札に参加する建設業者 公共工事の入札に参加しようとする建設業者は、建設業法第27条の23に基づく経営事項審査(経審)の審査基準日において、(公財)建設業福祉共済団、(一社)全国労働保険事務組合連合会、保険会社等の以下の要件を満たした法定外補償保険(法定外労災保険)に加入していると、審査項目「法定外労働災害補償制度加入の有無」にて15点の加点評価を受けることができます。業務災害だけでなく、通勤災害も対象とすること⇒ 保険商品によっては、通勤災害補償特約(通勤災害担保特約)を付けて対応します。直接の雇用関係にある労働者だけでなく、下請負人(数次の請負の場合の孫請以下も含みます。)と直接の雇用関係にある労働者も対象とすること⇒ 保険商品によっては、下請負人補償特約(被用者拡張担保特約)を付けて対応します。 労働災害による死亡及び障害等級第1級~第7級の障害を対象とすること⇒ 経営事項審査においては、保険金額(保険金の支払限度額)の下限は定められていません。障害等級第8級以下の障害を対象とすることも求められていません。(公財)建設業福祉共済団、(一社)全国建設業労災互助会、全日本火災共済協同組合連合会のHPやパンフレットを見ると、これらの点を意識して掛金を安く抑えるプランがあることが分かります。経営事項審査の評価項目や基準は、要件が細かく、改正も多いので、沖縄県HPなどで必ず最新の情報を確認するようにしてください。(令和3年4月1日の改正事項は国土交通省HPにて確認できます。令和5年1月にも改正が見込まれています(中央建設業審議会配付資料参照)。)(3) 業務災害補償保険に加入する必要はあるか? さらに、労働災害が発生した場合において、政府労災認定すら待たずに労働者本人やご遺族に補償をしたいということであれば、業務災害補償保険にも加入することになります。もっとも、任意労災保険は、使用者が政府労災保険により補償される範囲を超えて損害賠償責任を負う場合に備えることを目的とする保険です。労働災害発生から政府労災認定までの間、使用者が、労働者の生活の保障等をしてあげる資金を手当できるのであれば、特に業務災害補償保険に加入する必要はないでしょう。労働者のために法定外補償保険や業務災害補償保険に加入して、使用者が法律上の損害賠償責任を負わないことについても補償を充実させるのは立派なことです。しかし、その前に、法律上の損害賠償責任を負うことになった場合に、その責任を全うできるように使用者賠償責任保険に加入するようにしてください。(4) 保険金額の設定 前のコラムの設例等を踏まえると、業務上の事由による死亡災害(過労死・過労自殺を含みます。)が発生しやすい業種・事業であれば、使用者賠償責任保険の保険金額は、できれば死亡や重度の障害1名につき1億円又はそれ以上の額に設定していただきたいと思います。もっとも、給与水準の高くない中高年層の労働者しかいない場合には、保険金額をもう少し低く設定しても良いかもしれません。経営事項審査を受けている建設業者は、法定外補償保険に加入するのが通常と思われます。使用者賠償責任保険と法定外補償保険の両方に加入する際には、法定外補償保険の保険金額をより高額に設定することよりも、業務災害発生時における法定外補償保険と使用者賠償責任保険の保険金額の合計額を死亡や重度の障害1名につき1億円以上の額にすることの方が優先度が高いとお考えください。前のコラムでご説明した、私が被害者ご遺族の代理人を務めた労災死亡事件の場合、直接の雇用関係にあった下請建設業者とその元請建設業者は、それぞれ法定外補償保険(死亡時の保険金額合計4000万円)に加入していたものの、使用者賠償責任保険に加入していませんでしたので、使用者側2社は、自ら5400万円超を支払っていると思われます。使用者賠償責任保険にも加入し、その保険金額を合計5500万円以上に設定していれば、保険で損害賠償金全額の支払をカバーできていた計算になります。(5) 補償の範囲の確認 任意労災保険は、損害保険会社各社、共済組合等が多様な商品を販売しています。それぞれの保険商品の基本となる契約条項やその特約の内容によって、補償対象となる人の範囲(役員、正社員、パート、アルバイト、臨時雇用、出向社員、海外駐在員、派遣社員、実習生、インターン、下請負業者やその作業員、現場警備員、清掃作業員など)や場所の範囲(使用者の施設内、敷地内、敷地外の現場等)は変わってきます。任意労災保険及びその特約に加入することを検討する際には、補償対象となる人と場所の範囲を詳細に確認し、使用者が損害賠償責任を負う可能性のある業務災害を広くカバーできるようにしてください。① 補償対象にする人の範囲 人の範囲については、使用者が直接雇用している労働者全員をカバーするようにしてください。下請業者の従業員を事実上指揮・監督下に置いているのであれば、下請業者の従業員も補償の範囲に含めること(又は十分な保険金額の使用者賠償責任保険に加入している下請業者に対してのみ発注すること)も検討してください。最高裁判所平成3年4月11日判決は、下請企業の労働者が、元請企業の作業場において、元請企業の管理する設備、工具等を用いて、事実上元請企業の指揮、監督を受けて働き、その作業内容も元請企業の従業員とほとんど同じであった事案において、元請企業の下請企業の労働者に対する損害賠償責任を肯定しています。② 補償対象にする場所の範囲 場所の範囲については、施設の内外、敷地の内外を問わず、業務が行われる全ての場所をカバーするようにしてください。補償対象となる人及び場所の範囲がどうなっているかは非常に分かりにくいので、複数の保険会社や共済組合の商品を比較したり、代理店等の担当者に質問をしたりしながら検討することをお勧めします。また、加入に当たっては、補償内容に重複がないかどうかも確認した方が良いでしょう。5. 保険料の損金処理 支払った任意労災保険の保険料は、全額損金処理が可能です。ただし、一人親方等の個人事業主自らのための任意労災保険料は、経費処理ができません。(社会保険料控除の対象になります。)2022年6月6日(2022年6月16日一部訂正)