1. 相続の選択 相続人は、原則として、債務(借金等)も含めて、お亡くなりになった方(「被相続人」といいます。)の財産全てを承継します。(相続人の範囲については別コラム「相続人の範囲と法定相続分」を、相続財産の範囲については別コラム「相続財産の範囲」を参照してください。)しかし、「被相続人が負っていた多額の債務を引き継ぎたくない」とか、「他の相続人に財産を取得してほしい」とかいった理由で、被相続人の財産を承継したくない場合があります。どうしたら良いでしょうか?民法は、相続人が、被相続人の財産を承継するか否かについて、以下の3つの中から選択できるようにしています。(1) 単純承認 被相続人のプラスの財産(不動産、預貯金などの資産)もマイナスの財産(債務)も、全て承継することを「単純承認」といいます。被相続人の債務よりも資産の方が多い場合、相続人は、被相続人の一切の権利義務を包括的に承継する単純承認をした上で、相続した資産や自己の固有の資産から被相続人の債務を支払うのが通常でしょう。(2) 相続放棄 被相続人の財産を承継することを全面的に拒否することを「相続放棄」といいます。被相続人の資産よりも債務の方が多い場合、相続人は、相続放棄をすれば「初めから相続人とならなかった」ものとみなされるため、被相続人の債務を支払う必要がなくなります。当然のことながら、相続放棄をすると、被相続人の資産も承継できなくなります。2020(令和2)年の死亡数は137万2755人でした(厚生労働省HP「令和2年(2020)人口動態統計(確定数)の概況」)。これに対し、同年中の相続放棄の申述受理事件の新受件数は23万4732件でした(司法統計令和2年度家事事件編)。被相続人1名につき、何名の相続人が相続放棄をしているのかは分かりませんが、相続放棄の制度は、かなり積極的に利用されていると言えそうです。(3) 限定承認 相続した資産の範囲内で被相続人の債務について責任を負うことを「限定承認」といいます。債務は多いけれども、自宅や事業用財産などをどうしても相続したいという場合には、限定承認を検討することになります。もっとも、限定承認は、相続人全員が共同で限定承認の申述をする必要があり、その後の手続も非常に煩雑で、かつ、不動産を相続した場合に、みなし譲渡所得税を課税されるときがあるなどの問題があることから、ほとんど利用されていません。2020(令和2)年中、限定承認の申述受理事件の新受件数は675件しかありませんでした(司法統計令和2年度家事事件編)。2. 熟慮期間 相続人は、被相続人の財産の状況を調査して、承認するか放棄するかを検討する必要があります。民法第915条は、その調査・検討をするための期間(「熟慮期間」といいます。)を「自己のために相続開始のあったことを知った時」から3か月と定めています。相続人は、原則3か月の熟慮期間内に家庭裁判所に申述することで、限定承認又は相続放棄をすることができます。3. 法定単純承認 単純承認のための手続はなく、以下の①~③の場合は、原則として、相続人は単純承認したものとみなされます(民法第921条)。① 相続財産の全部又は一部を処分した場合② 熟慮期間内に限定承認又は相続放棄をしなかった場合③ 限定承認又は相続放棄後に、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私に消費し、又は悪意で相続財産目録に記載しなかった場合なお、形式的に①や②に当たる場合であっても、家庭裁判所は、相続放棄の申述を受理することがあります。(この点は、別コラム「相続放棄 ~ 債務を相続しないために(令和3年改正民法対応)」にてご説明します。)4. 熟慮期間の延長 プラスの財産(資産)とマイナスの財産(負債)のどちらが多いかが分からないため更に調査をする必要がある場合は、家庭裁判所に対し、相続の承認又は放棄の期間の伸長をする旨の審判を申し立てて、熟慮期間の延長を求めることができます。令和2年度における相続の承認又は放棄の期間伸長事件の既済件数8,733件中、8,186件(93.73%)で熟慮期間の延長が認められています(司法統計令和2年度家事事件編)。2022年6月20日