1. 不動産の明渡し 「土地賃貸借契約の契約期間が満了する」、「賃料不払を理由として建物賃貸借を解除した」といった事情により不動産の賃貸借契約が終了する場合、賃借人は、原則として原状を回復した上で、契約終了日までに、賃貸人に不動産を明け渡す必要があります。(原状回復については、別コラム「賃貸建物の原状回復」を参照してください。)(1) 裁判が必要になる場合 賃借人が、賃貸借契約終了日までに不動産を明け渡してくれれば良いのですが、土地に居座って明渡しを拒む場合もあれば、建物に家財道具を残したままいなくなってしまう場合もあります。また、賃借人が賃貸借契約の終了を認めない場合もあるでしょう。このように、賃貸借契約終了後も(元)賃借人が不動産を明け渡してくれない場合や賃貸借契約が終了したか否かについて争いがある場合、賃貸人は、裁判所に対し、自らを原告、(元)賃借人を被告として、土地又は建物の明渡請求訴訟を提起する必要があります。(なお、明渡しを求める土地上に建物が存在する場合、建物の収去も求める必要があります。)賃貸人は、裁判の手続において、不動産の明渡しを認容する勝訴判決を得るか、不動産の明渡しを受けることを内容とする和解を成立させることを目指すことになります。(2) 強制執行が必要になる場合 不動産明渡請求を認容する勝訴判決が確定したり、不動産の明渡しを受けることを内容とする和解が成立したりしても、元賃借人が任意に不動産を明け渡さない場合もあります。このように、裁判の手続を経ても元賃借人が不動産を明け渡してくれない場合、賃貸人は、自らを債権者、元賃借人を債務者として、不動産の所在地を管轄する地方裁判所の執行官(裁判の執行などの事務を行う地方裁判所の職員のことを「執行官」といいます。)に対し、不動産明渡の強制執行を申し立てる必要があります。(なお、明渡しを求める土地上に建物が存在する場合、建物収去命令申立ても必要になります。)2. 裁判と強制執行が必要になる理由 では、何故、時間と費用をかけて、裁判や強制執行をしなければいけないのでしょうか?例えば、アパートの一室に入居する賃借人が1年間にわたって賃料をちゃんと支払わず未払賃料が半年分になったので、賃貸人が、無断で賃借人の部屋に入って全ての荷物を処分し、鍵を取り換えて、部屋の明渡しを実現したとします。法律上、どうなるのでしょうか?(1) 自力救済(自救行為)の禁止 この設例のように、権利を侵害された(と主張する)者が、裁判などの司法手続を使わずに、自分の実力で権利を回復することを「自力救済」(又は「自救行為」)といいます。自力救済は、原則として禁止されています。この賃貸人の行為は、民事上の不法行為、刑事上の犯罪になります。賃貸人の自力救済行為について不法行為責任を認めた民事裁判例は数多くあります。例えば、東京地方裁判所平成18年5月30日判決は、建物賃貸借契約に「賃借人が賃料を滞納した場合、賃貸人は、賃借人の承諾を得ずに建物内に立ち入り、適当な処置をとることができる」旨の特約があった事案に関するものでした。裁判所は、「特約は公序良俗に反して無効である。賃貸人から委任を受けた建物管理会社の従業員が、賃料を滞納した賃借人の不在中の建物に立ち入って施錠具を取り付けたりした行為は、賃借人の平穏に生活する権利を侵害する違法な行為である」旨を判示して、建物管理会社に慰謝料の支払を命じています。また、刑事裁判例としては、東京高等裁判所昭和29年2月27日判決が、賃貸人が賃借人の承諾なく賃貸家屋内の部屋に入った行為について住居侵入罪の成立を認めています。権利を侵害された(と主張する)人は、司法手続を使って自らの権利を回復しなければいけないのです。(2) 自力救済が禁止されている理由 何故、自力救済は禁止されているのでしょうか?不動産の明渡しを巡る私人(しじん)間の紛争にしろ、未払代金請求に関する企業間の紛争にしろ、相続の発生に伴う家族間の紛争にしろ、領土や安全保障を巡る国家間の紛争にしろ、紛争が発生するような場合は、正当な言い分かどうか、言い分として成り立っているかは別として、お互いに何らかの言い分があることがほとんどです。アパートの賃貸人が自力で部屋の明渡しを実現した上記3.の設例でも、例えば、賃借人に、「賃貸人が一方的に賃料を2倍にすると言ってきたのですが、賃貸借契約書に記載された毎月の賃料を1年間払い続けていました」というような言い分があるかもしれません。賃借人の言い分が正しいとすれば、今の日本の法律上、部屋を明け渡す必要は全くないのですが、賃貸人に自力救済を許してしまうと、賃借人は、簡単に住む部屋を失ってしまうことになります。このように自力救済が認められると、どちらの言い分が正当であるかにかかわらず、力の弱い者(地位の低い者、立場が弱い者、貧しい者)は、力の強い者(地位の高い者、立場が強い者、裕福な者)から一方的に実力行使を受けることになるでしょう。日本は、近代法治国家として、原則として自力救済を禁止した上で、どちらの言い分が認められるべきかを裁判官が法律に照らして判断し、執行官がその判断に従って強制執行をすることにしているのです。(3) 自力救済が許される場合はあるのか? 最高裁判所昭和40年12月7日判決は、私力の行使(自力救済)は、「原則として法の禁止するところであるが、法律に定める手続によったのでは、権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合においてのみ、その必要の限度を超えない範囲内で、例外的に許される」と判示しています。この最高裁判決以後、自力救済を容認した裁判例は幾つかあるのですが、当然のことながら、例外的な事案に関するものばかりです。自力救済が許されるのは極めて例外的な場合に限られるとお考えください。3. 不動産の引渡し 不動産を購入したものの、売主が不動産を引き渡してくれないという場合、買主は、不動産引渡請求訴訟を提起したり、不動産引渡の強制執行を申し立てたりすることになります。これは、不動産の明渡請求についてご説明したこととほぼ同様になります。2022年6月27日