1. 債務も相続の対象となること 相続人は、原則として、債務(借金等)も含めて、お亡くなりになった方(「被相続人」といいます。)の財産全てを承継します。そのため、債権者は、被相続人の死亡後、相続人となった者(配偶者、子、親、きょうだいなど)に対して被相続人の債務の支払を求めることができます。(相続財産の範囲については別コラム「相続財産の範囲」を、相続人の範囲については別コラム「相続人の範囲と法定相続分」を参照してください。)2. 相続放棄の意義 それでは、債権者から被相続人の債務の支払を求められた場合、相続人は、必ず支払わなければいけないのでしょうか?答えは、「NO」です。相続放棄をすれば、相続人は、「初めから相続人とならなかった」ものとみなされ、被相続人のプラスの財産もマイナスの財産も一切承継しないことになります。被相続人の債務を支払う必要もなくなります。被相続人の資産よりも債務が多い場合には、被相続人の債務を支払わずに、相続放棄をすることを検討してください。3. 相続放棄の手続 相続人は、原則として、「自己のために相続開始のあったことを知った時」から3か月以内に、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に相続放棄の申述書を提出することで、相続放棄をすることができます。(1) 熟慮期間 相続放棄の申述は、この3か月の期間(「熟慮期間」といいます。)内に行うのが原則です。しかし、熟慮期間経過後であっても、相応の理由があれば、通常、家庭裁判所は相続放棄の申述を受理します。(2) 相続放棄前の相続財産の処分 相続人が相続財産の全部又は一部を処分した場合、相続人は、原則として、単純承認したものとみなされます。これから相続放棄をするのであれば、被相続人名義の預貯金を引き出したり、現金を使ったりといった相続財産の処分行為は行わないようにしてください。もっとも、大阪高等裁判所平成14年7月3日決定は、被相続人名義の「貯金を解約し、その一部を仏壇及び墓石の購入費用の一部に充てた行為」が相続財産の処分に当たるとは断定できないとしています。相続財産から葬儀費用や祭祀費用を支出してしまった場合であっても、相当な範囲内に止まっていれば、家庭裁判所は、相続放棄の申述を受理するものと思われます。(3) 認容率・却下率 相続放棄の申述受理事件の認容率は高く、令和2年度の既済件数23万3325件のうち、申述受理(認容)は22万7719件、認容率は97.59%でした。これに対し、申述却下は426件、却下率は0.18%でした。(司法統計令和2年度家事事件編)(4) 弁護士に相談・依頼するかどうか 相続放棄の申述の手続自体は、さほど難しいものではありませんので、弁護士に依頼せず、ご自身でも行うことができます。(上記(3)のとおり、認容率も高いです。)ただし、以下のような場合は、弁護士に相談・依頼してみても良いかもしれません。3か月の熟慮期間が経過している場合預貯金を引き出すなどして相続財産の一部を処分してしまっている場合相続放棄後に債権者対応が必要になる場合相続放棄後に他の家族(親、祖父母、きょうだい、甥姪など)の相続放棄も必要になる場合なお、一部の悪質な債権回収会社(サービサー)などは、相続人に被相続人の債務を支払わせようとして、相続放棄ができることを説明することなく、ひとまず、「債務を承認する」、「毎月1万円ずつ分割して支払う」などと記載した書類に署名押印させようと連絡をしてきます。このような場合には、必ず、何か回答をする前に、弁護士に相談するなどして、相続放棄をすることを検討してください。4. 相続放棄に当たって注意すべきこと (1) 現に占有する相続財産の保存義務 相続放棄時に現に相続財産を占有していた場合、相続放棄をした人は、相続人又は相続財産清算人に対してその財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければなりません(令和3年改正民法第940条1項、2023年4月1日施行)。例えば、被相続人名義の家屋に居住し続けている場合、相続放棄をしても、その家屋について一定の管理責任を負うことになります。したがって、そのまま相続放棄をすることが適当かどうかは検討する必要があるでしょう。(2) 相続財産の隠匿・消費 相続放棄をした後は、被相続人名義の預貯金を引き出したり、現金を使ったりするなど、相続財産を隠したり、消費したりしないでください。相続放棄後に「相続財産の全部若しくは一部を隠匿」し、又は「私に消費」した場合、相続人は、原則として、単純承認したものとみなされることになります(民法第921条3号)。5. 生命保険金・死亡退職金と相続放棄 (1) 生命保険金や死亡退職金は受け取れるのか? 相続人が生命保険金や死亡退職金の受取人(受給権者)に指定されている場合、その相続人は、相続放棄をしても、生命保険金や死亡退職金を受け取ることができます。この場合における生命保険金や死亡退職金は、受取人固有の財産になるからです。これに対し、受取人が被相続人本人に指定されている場合は、生命保険金や死亡退職金は相続財産となるため、相続放棄をすると受け取ることができなくなります。また、受取人の指定がない場合は、保険約款や退職金規程の解釈次第で、相続放棄をしても受け取ることができるか否かが決まります。(2) 相続税の課税 相続放棄をした人が生命保険金や死亡退職金を受け取ると、遺贈によりその財産を取得したものとみなされます。相続や遺贈によって取得した財産等の価額の合計額が基礎控除額を超える場合、その超える部分に対して相続税が課税されます。(詳細は、国税庁HP「No.4102 相続税がかかる場合」をご覧ください。)遺贈によって財産を取得した場合は、以下の各点において相続により財産を取得した場合と異なるので注意が必要です。相続放棄をした人は、相続税法第12条1項5号の保険金の非課税枠及び同項6号の退職手当金等の非課税枠(いずれも相続人1名あたり500万円)を利用できません。(相続税法基本通達12-8、12-10)なお、非課税枠の総額は、相続放棄がなかったものとした場合における相続人の数を基礎として計算します。相続により財産を取得した人がいれば、その相続人が相続放棄をした人の分の非課税枠も利用することができます。相続税法第13条(債務控除)の規定は、相続放棄をした人に適用されません。ただし、相続放棄をした人が現実に被相続人の葬式費用を負担した場合の当該負担額は、取得した財産の価額から債務控除することができます。(相続税法基本通達13-1)相続税法第20条(相次相続控除)の規定は、相続放棄をした人に適用されません。(相続税法基本通達20-1)2022年7月4日(2023年4月3日一部追記)