前のコラム「自動車保険のお勧めの特約(3) ~ 人身傷害保険」に引き続き、被害者になってしまった場合に役に立つ任意自動車保険(共済)の特約について説明したいと思います。このコラムの前提も、別コラム「自動車保険のお勧めの特約(1) ~ 他車運転特約」の冒頭部分に記載したとおりです。損害保険会社及び共済組合9社(組合)をそれぞれA社~I社と呼んで、各社の2022年6月時点における個人向け任意自動車保険(共済)の約款の内容を説明しています。4. 無保険車傷害特約(無保険車傷害保険) 人身傷害保険(特約)の次にお勧めしたい、被害者になってしまった場合に役に立つ任意自動車保険の特約は、無保険車傷害特約です。保険会社によっては、無保険車傷害保険と呼んでいます。(1) 特約の意義 無保険車傷害特約は、自動車事故により死亡し又は後遺障害を被った場合において、相手方の自動車が自動車保険に加入していなかったり、不明であったりして、相手方から十分な補償を受けられないときに、自らが契約した保険会社に、治療費、休業損害、精神的損害などの人身損害(人的損害)を補償してもらうための特約です。(2) 特約の必要性・有用性 ① 無任意保険の車両 損害保険料率機構が公表している2021年度版「自動車保険の概況」143頁によれば、2021年3月末時点で、全国的には、自動車やオートバイ(原動機付自転車を除きます。)のうち88.4%が任意保険(正確には、対人賠償責任保険)に加入しています。しかし、沖縄県に限って言えば、保有車両数116万8544台のうち、92万3471台(79.0%)しか、対人賠償責任保険に加入していません。(沖縄県の対人賠償責任保険の普及率は、全国最下位です。)沖縄県内で走っている車両のうち21%が、対人賠償責任保険に加入していないのです。② 無自賠責保険の車両 しかも、この21.0%の中には、車検切れ車両も含まれています。国土交通省の発表によれば、2017年度に全国5箇所で、可搬式ナンバー自動読取装置を用いて街頭検査をしたところ、全体では3,696台中7台(約0.19%)の車両が無車検で、うち沖縄県では960台中3台(約0.31%)の車両が無車検だったそうです。また、沖縄総合事務局の発表によれば、2019年度に沖縄県内8箇所で、同様の街頭検査を実施したところ、5,430台中20台(約0.37%)の車両が無車検だったそうです。車検切れ車両は、自賠責保険(強制保険)が切れている可能性も高いことから、計算上は、沖縄県内だけでも4,000台前後の車両が完全に無保険の状態で走っているということになります。③ 事故の相手方車両が無保険の場合の補償 交通事故の相手方の車両が無保険の場合、保険会社から保険金を支払ってもらえないのはもちろんですが、相手方本人から損害を補償してもらうことも期待できません。なぜならば、相手方は、年間数万円の保険料を支払えないからこそ任意自動車保険に入らず、場合によっては、自賠責保険(強制保険)にさえ入らないまま、車両を運転しているのが通常だからです。(※ 相手方が任意自動車保険未加入でも高額の損害賠償金を支払ってもらえた別コラム「自動車保険 ~ 交通事故の加害者になる場合への備え」2.(2)の<事例2>は、仮差押えできる不動産があったからこそ回収に成功したレアケースです。)④ 相手方車両無保険の死亡事故事例 私は、弁護士として、何回も無保険の交通事故を取り扱っています。この中の1つは、被害者の任意自動車保険に無保険車傷害特約が附帯されていたことから、自賠責保険金3000万円超とは別に、任意保険会社から1900万円を超える保険金を支払ってもらうことができた死亡事故事例(上記別コラム「自動車保険 ~ 交通事故の加害者になる場合への備え」2.(2)の<事例3>)です。(※ 全ての事件でこのような高額の保険金を獲得できるわけではありません。)⑤ 事故の相手方車両が不明の場合の補償 交通事故の相手方の車両が不明の場合も、当然のことながら、相手方本人や保険会社から損害を補償してもらうことはできません。⑥ まとめ 交通事故の相手方自動車が自動車保険に加入していなかったり、不明であったりする場合を想定すると、「自分と同乗者の人身損害は自分でカバーできるようにする」=「任意自動車保険に無保険車傷害特約(又は人身傷害保険)を附帯する」必要性は高いです。(3) 特約の内容 ① 保険金額 無保険車傷害特約の保険金支払限度額(「保険金額」といいます。)は、D社、E社及びG社の3社が無制限、F社が対人賠償責任保険金額と同額(無制限又は1億円)、A社、B社、C社、H社及びI社の5社が2億円となっています。② 損害額の決定方法 無保険車傷害特約の保険金の支払対象となる損害の額につき、A社、C社、E社~I社の7社は、大要、「賠償義務者が被保険者又はその父母、配偶者若しくは子が被った損害に対して法律上負担すべきものと認められる損害賠償責任の額」によって定めるとしています。これに対し、B社及びD社の2社は、「人身傷害保険条項の損害額算定基準により算定した額」によって定めるとしています。一般論としては、A社、C社、E社~I社の規定の方が、保険金として支払われる金額は高くなります。上記(2)④の死亡事故事例においては、私は、被害者ご遺族の代理人として加害者を被告とする民事訴訟を提起し、加害者がご遺族に対して負担すべき損害賠償金の額を確定させた後、裁判で認められた額から物的損害に対する賠償金等を控除した残額1900万円超を保険金として任意保険会社から支払ってもらっています。裁判で認められる損害賠償金の額は、一般的な人身傷害保険条項の損害額算定基準によって算定された損害額よりも高くなります。例えば、B社及びD社の基準と比較すると、入院諸雑費、休業損害、逸失利益及び精神的損害の各費目において、この裁判で認められた額の方が高いです。これに対し、B社及びD社の規定の場合は、死亡又は後遺障害等級の確定から保険金支払までの期間が短くなります。加害者を被告とする民事訴訟を提起するまでもなく、契約(約款)に定められた人身傷害保険の支払基準に従って、保険金を支払ってくれるからです。③ 人身傷害保険との関係 相手方の自動車が不明又は無保険の自動車事故により傷害を負ったものの、後遺障害が残らなかった場合、無保険車傷害保険金は支払われません。また、後遺障害が残ってしまう場合であっても、後遺障害が残るか否かや後遺障害の程度は、治療が終わってみないと分からないので、治療中に無保険車傷害保険金を支払ってもらうこともできません。交通事故の相手方自動車が無保険又は不明の場合で、後遺障害が残らないような傷害を被ったときに補償を受けるためにも、また、治療中の段階から補償を受けるためにも、人身傷害保険に加入した方が良いと言えます。(4) 特約のセット 今回、2022年6月時点の個人向け任意自動車保険の商品内容を確認した損害保険会社9社のうち、人身傷害保険を自動セットにしていないD社、F社、G社及びH社の4社は、無保険車傷害特約を自動セットにしています。原則として人身傷害保険を自動セットにしているA社、B社、C社、E社及びI社の5社については、人身傷害保険の保険金額が無制限以外の場合、無保険車事故に対しては、同じく自動セットにしている無保険車傷害特約で補償をする保険会社もあれば、人身傷害保険の特則で無保険車傷害特約と同等の補償をするという保険会社もあります。なお、原則として人身傷害保険を自動セットにしている保険会社であっても、等級が低い等の場合には人身傷害保険をセットできないこともあるようです。このような場合でも、例えば、E社は、重要事項説明書に人身傷害保険を契約しない場合には無保険車傷害特約を自動セットする旨を明記しています。(5) 補足説明 ~ 政府保障事業 相手方の自動車が無保険又は不明の自動車事故に遭って人身損害を被ったものの、相手方等から支払を受けられず、かつ、人身傷害保険にも無保険車傷害特約にも入っていないため自分の保険会社も支払ってくれないという場合、政府が、政府保障事業という制度で損害をてん補してくれます。しかし、この政府保障事業は、最終的な救済措置で、自賠責保険の支払基準に準じて支払われるため、十分な額がてん補されるわけではありません。次のコラム「自動車保険のお勧めの特約(5) ~ 弁護士費用特約」に続きます。2022年7月26日