前のコラム「自動車保険のお勧めの特約(4) ~ 無保険車傷害特約」に引き続き、被害者になってしまった場合に役に立つ任意自動車保険(共済)の特約について説明したいと思います。このコラムの前提も、別コラム「自動車保険のお勧めの特約(1) ~ 他車運転特約」の冒頭部分に記載したとおりです。損害保険会社及び共済組合9社(組合)をそれぞれA社~I社と呼んで、各社の2022年6月時点における個人向け任意自動車保険(共済)の約款の内容を説明しています。5. 弁護士費用特約 人身傷害保険(特約)、無保険車傷害特約と併せてお勧めしたい、被害者になってしまった場合に役に立つ任意自動車保険の特約は、弁護士費用特約です。(弁護士費用等補償特約などと呼ぶ会社もあります。)(1) 特約の意義 弁護士費用特約は、交通事故の相手方に対して損害賠償請求等をしたいという場合に、弁護士等に法律相談をする費用や、事件処理を依頼する費用を保険金として支払ってもらうための特約です。(2) 特約の内容 ① 保険金額弁護士費用特約の内容は保険会社によって異なりますが、法律相談費用は10万円まで、事件処理を依頼する費用は300万円まで支払うとしている保険会社が多いです。A社~I社とは別の保険会社ですが、事件処理を依頼するための費用は500万円まで支払うという特約にしている保険会社もあります。中程度以上の後遺障害事案や死亡事案の場合は、弁護士に事件処理を依頼する費用の総額は300万円を超えるのが通常だからです。私が実際に取り扱った沖縄県内の交通事故でも、例えば、被害者の方が併合11級の後遺障害を負った事例で、その被害者の方が加入していた弁護士費用特約の保険金額300万円の上限に達しています。② 弁護士費用の算出方式 弁護士に事件処理を依頼する際の費用の算出方式は、主に、着手金・報酬金方式と時間制報酬(タイム・チャージ)方式の2つです。着手金・報酬金方式の場合は、依頼者が得られる経済的利益の額(=交通事故で被った損害の額)に応じて着手金と報酬金を定めます。時間制報酬方式の場合は、弁護士が事務処理に要した時間(原則として上限30時間)に応じて弁護士の報酬を定めます。交通事故で被った損害の額が小さい場合は、着手金・報酬金方式よりも時間制報酬方式の方が弁護士費用が高くなる傾向にあるのですが、今回、2022年6月時点の個人向け任意自動車保険の商品内容を確認した損害保険会社9社のうち、B社とH社の2社は、時間制報酬方式に対応していませんでした。(3) 特約の有用性 弁護士費用特約は、次に述べるような場合等において有用です。① 自分に過失がない場合 自分に過失がなく、相手方(加害者)に対して損害賠償責任を負わない場合、自分の任意保険会社は、相手方(加害者又はその任意保険会社)と交渉、示談等を行うことができません。自分で交渉等をしたくないのであれば、弁護士に交渉等を委任する必要があります。実際、加害者の任意保険会社の担当者と電話で話すのがストレスに感じるという理由で、弁護士に交渉等を依頼される方もいます。② 相手方からの提示に納得できない場合 加害者の任意保険会社が被害者に対して提示する損害賠償金の額は、裁判すれば認めてもらえると考えられる金額よりも控えめであることが多いです。特に、幾つかの保険会社は、被害者ご本人に提示する場合、高い確率で、大幅に低い金額を提示しているように思います。このような場合、弁護士に委任すると、裁判すれば認めてもらえるであろう水準を踏まえて交渉をしてもらえますし、交渉がまとまらなければ、裁判を起こしてもらうこともできます。③ 過失割合に争いがある場合 過失割合に争いがあり、自分の任意保険会社が交渉しても相手方(又はその任意保険会社)と過失割合について合意できない場合にも、弁護士に交渉等を委任する必要性が生じます。<弁護士費用特約が有用だった事例>例えば、私は、次のような事例を経験したことがあります。AさんとBさんの間で交通事故が発生し、Aさんは、「Bさんに追突されて車両が壊れました。修理費用と弁護士費用を支払ってほしいです。」と言って、Bさんのことを訴えました。Aさんは、この交通事故の過失割合は「Aさん:Bさん=0:100」との立場です。これに対し、法律相談の際、Bさんは、私に対し、「Aさんの車が脇道からバックしてきて私の進路上に出てきたので、事故が起きました。」と説明しました。交通事故が発生した経緯についてAさんとBさんの説明が食い違っており、両者の間で過失割合について合意することができなかったため、裁判になったのです。この交通事故の交通事故証明書という書類には、「追突」と記載されており、かつ、交通事故はAさんの車両が後退をしてくることがあまりなさそうな状況下で発生していました。弁護士からすると、Bさんからのご依頼は受けにくいと思ってしまいがちな事案です。しかし、Aさんが裁判所に提出した証拠に疑問を感じる点があったこと、Bさんの説明が虚偽であるとも思えなかったこと、弁護士費用特約が付いていてBさんご自身が弁護士費用を負担する必要がなさそうであったことから、私は、Bさんのご依頼を受けて、裁判でBさんの代理人になることにしました。私は、その後、交通事故の現場で車道、車線、路肩、歩道の幅等を測る調査をしたり、双方の車両の長さや幅を確認したり、その他の証拠を精査したりする中で、Bさんの説明が正しいと思うようになりました。裁判において、私は、Bさん側の車両の修理費用等を請求する反対の訴え(反訴)を提起した上で、上記調査結果を証拠として提出したり、尋問でAさんの説明の矛盾点を追及したりしました。その結果、ほぼBさんの主張どおりに、過失割合を「Aさん:Bさん=80:20」として、(i) Bさんは、Aさん側の車両の修理費用の2割を賠償する(ii) Aさんは、Bさん側の車両の修理費用の8割を賠償するとの内容で和解することができました。和解後、Aさんは、任意自動車保険(正確には、対物賠償責任保険)を使って、(ii)の損害賠償金を支払ってくれました。(※ 全ての事件で、自らに有利な過失割合で解決できるわけではありません。)仮に、Bさんが弁護士費用特約を付けていなかった場合、私はBさんの事件を受任していなかった可能性がありました。この場合、Bさんは、(ii)の損害賠償金を受け取れなかったのみならず、Aさんの主張に沿った過失割合「Aさん:Bさん=0:100」を前提として、Aさんに発生した損害の全額を支払わなければいけなかったかもしれません。このように、弁護士費用特約が非常に役に立つこともありますので、任意自動車保険に加入する際には、この特約を付けることも検討していただいて良いかと思います。(4) 特約のセット 今回、2022年6月時点の個人向け任意自動車保険の商品内容を確認した損害保険会社9社は、弁護士費用特約を任意セットの特約にしています。ただし、B社は、法律相談費用の部分については別の特約(法律相談費用補償特約)として自動セットにし、事件処理を依頼する費用の部分のみを弁護士費用等補償特約として任意セットの特約にしています。なお、私は、弁護士ですから、自分で自分の交通事故の事件処理をすることができます。しかし、交通事故に遭ったときに、自分で自分の交通事故の事件処理をするとなると、自分の本来の仕事(=依頼者の事件の処理)が疎かになってしまうかもしれません。このようなことを避けるため、私は、友人の弁護士に気楽に依頼できるように、弁護士費用特約を付けています。(5) 注意点 弁護士費用特約については、注意していただきたいことが2つあります。① 時間制報酬方式への対応がない保険会社 B社やH社のように、保険会社によっては、時間制報酬方式に対応していない弁護士費用特約になっています。時間制報酬方式に対応していない弁護士費用特約の場合、軽微な物的損害しかない交通事故ときは、受任してくれる弁護士を探すのに苦労するかもしれません。(ただし、B社の弁護士費用特約に限って言えば、時間制報酬方式に対応していないものの、交通事故で被った損害の額が小さい場合における報酬金の上限の定め方が他社とは異なるため、時間制報酬方式に対応していないことに伴う不都合は大きくないように思います。)② 弁護士費用を出し渋る保険会社 SNS上では、幾つかの特定の保険会社が弁護士費用特約に基づく保険金を適切に支払ってくれないということが度々話題に上ります。一部の弁護士は、特定の保険会社の弁護士費用特約は受け付けないという対応をしていることを公言しています。ある弁護士のホームページによれば、ある保険会社は、被害者が加害者に対して損害賠償請求する段階になって、「加害者に対する請求額が高過ぎるため、その請求額を前提に算出した弁護士費用も認めない」と言い出したりするようです。弁護士費用特約に基づく保険金を出し渋るような保険会社の任意自動車保険は、次の3つの理由から避けた方が無難でしょう。第1に、弁護士に交渉を委任したいときに、受任してくれる弁護士を探すのに苦労する可能性があります。また、受任する弁護士がいたとしても、受任後に、自分の保険会社がその弁護士と対立をしてしまうと、弁護士は、保険会社への説明に不必要な労力を割かなければならなくなり、事件処理に集中できなくなってしまうかもしれません。第2に、そのような保険会社は、自らが交通事故の加害者になってしまった場合に、被害者に対して誠実な提示をしてくれない可能性が高いように思います。しかし、それでは、せっかく任意自動車保険(対人・対物賠償責任保険)に加入したのに、被害者に対して適切な賠償をするという役割を十分に果たしてくれないということになってしまいます。第3に、そのような保険会社は、自らや同乗者が交通事故で受傷等したことに伴って人身傷害保険金を請求する場合に、人身傷害保険の基準(約款)に従って算出した適切な額の保険金を支払ってくれない可能性があるように思います。6. まとめ 以上、5本のコラムに分けて、私が弁護士として交通事故の事件処理をする中で役に立つと感じている任意自動車保険の5つの特約(他者運転特約、対物超過修理費用特約、人身傷害保険(特約)、無保険車傷害特約、弁護士費用特約)をご説明しました。このコラムを読まれた方は、是非、ご自身の任意自動車保険の保険証券を手に取って、どのような特約を付けていて、どのような補償を受けられることになっているのかを確認してみてください。もし、上記5つの特約のいずれかを付けていないのであれば、契約期間の途中からでも付けることができますので、保険会社に相談してみてください。2022年7月29日