1. 副業・兼業とは 副業・兼業とは、2つ以上の仕事を掛け持ちして働くことです。企業等に雇用される形で行う正社員、パート、アルバイトなどの他に、企業等に雇用されない形の会社役員、個人事業主、フリーランスなど、働き方には、様々な形態があります。2. 副業・兼業に関する情報の公表 厚生労働省は、2018年に作成した「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を2022年7月8日に改訂しました。改訂後の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」は、企業に対し、「労働者の多様なキャリア形成を促進する観点から、職業選択に資するよう、副業・兼業を許容しているか否か、また条件付許容の場合はその条件について、自社のホームページ等において公表することが望ましい。」として、副業・兼業に関する情報の公表を推奨しています。3. 副業・兼業のメリットと注意点 (1) メリット 副業・兼業には、労働者にとって、次のようなメリットがあるとされます。本業を離職せずとも別の仕事に就くことが可能となり、スキルや経験を得ることで、労働者が主体的にキャリアを形成することができる。本業を続けつつ、よりリスクの小さい形で将来の起業・転職に向けた準備・試行ができる。既に行っている本業の所得を活かして、自分がやりたいことに挑戦でき、自己実現を追求することができる。所得が増加する。(2) 注意点 他方、副業・兼業にあたっては、以下の点に注意が必要とされています。就業時間が長くなる可能性があるため、就業時間や健康の管理により一層の注意が必要になる。所定労働時間が短い業務を複数行う場合、雇用保険等が適用されないことがある。本業の労務提供に支障を生じさせない(職務専念義務)、本業の業務上の秘密を漏洩しない(秘密保持義務)、本業と同業で働くことで本業の利益を害さない(競業避止義務)など、本業に悪影響を及ぼさないようにする必要がある。4. 労働者にとっての副業・兼業 (1) 副業・兼業をする理由 私は、個人がキャリア形成、起業・転職の準備等のために複数の仕事を掛け持ちして働くことは当然にあって然るべきと考えています。しかし、副業・兼業を強く推奨する昨今の風潮には少し疑問を持っています。国が企業に対して副業・兼業に関する情報の公表を推奨してまで、副業・兼業は、国として促進させるべき労働者の働き方なのでしょうか。確かに、うまく副業・兼業をすれば、キャリア形成に役立つスキルや経験を得たり、起業・転職に向けた準備をしたりすることができるでしょう。現に、このような目的で副業・兼業をしている人は少なくないでしょうし、中には、これがうまくいった人もいるでしょう。しかし、体力・時間には限りがあるため、本業がある労働者が、副業・兼業でキャリア形成に役立つような新しいスキルや経験を得ることは簡単にはできないでしょう。起業・転職に向けた準備も、本業の片手間にやるのであれば、なかなか進まないし、うまくいきにくいでしょう。キャリア形成も、起業・転職の準備も、本業がある労働者が、何年も何十年も副業・兼業をし続ける理由にはならないように思います。労働者が副業・兼業をする理由は、多くの場合、所得を増やすためなのではないでしょうか。(2) 労働災害(労災)発生の危険性 所得を増やすために副業・兼業をするということは、多くの場合、高度なスキル・経験がなくてもできるような仕事を複数掛け持ちし、長時間働いて所得を増やすということを意味するため、労働者の長時間労働・過重労働が強く懸念されます。労働者が長時間労働・過重労働をすると、業務に起因する疾病(脳出血、心筋梗塞、うつ病など)によって死亡(過労死や過労自殺)したり、重篤な後遺障害を負ったりする労働災害が発生する危険性が高まります。企業は、労働災害を発生させないようにするためにも、労働者の労働時間をしっかりと把握して管理し、また、健康確保のための措置も講じなければならないのですが、労働者が副業・兼業をしている場合、これらの管理は難しくなります。(3) 厚生労働省の答えになっていない答え ~ 長時間労働・過重労働に対する懸念 企業に対して副業・兼業に関する情報の公表を推奨する趣旨・目的につき、厚生労働省は、「「副業・兼業の促進に関するガイドライン」Q&A」4-1にて、次のとおり説明しています。問い: 副業・兼業に関する情報の公表を推奨する趣旨・目的は何か。答え:働き方が多様化する中、副業・兼業を希望する労働者が、適切な職業選択を通じ、 多様なキャリア形成を図っていくことを促進するため、企業に対して、副業・兼業への対応状況についての情報公開を推奨しています。こうした労働者について、長時間労働や不規則な労働による健康障害、企業への労務提供上の支障等を招かないよう留意しつつ、その希望に応じて幅広く副業・兼業を行える環境を整備することが重要です。問いに対して、1.は答えになっていますが、2.は答えになっていません。副業・兼業に関する情報の公表を推奨する趣旨・目的として答えになっていないものを答えとして書かなければいけないと考えるほどに、厚生労働省も長時間労働・過重労働を懸念しているのではないかと感じます。5. ガイドラインの記載について (1) 複数の企業で働く場合 厚生労働省のガイドラインは、労働時間管理に関する企業側の対応についてページ数を割き、労働者が複数の企業で働く場合の所定労働時間及び所定外労働時間の把握方法や時間外労働の割増賃金の取扱いなどについて詳しく説明しています。労働者が複数の企業で働く場合であれば、手間は掛かるものの、各企業が労働者の労働時間を把握し、健康確保のための措置を講じることは可能です。他方、労働者が複数の企業で働き、長時間労働・過重労働の結果、労働災害(労災)が発生してしまった場合における企業側の対応や企業間の責任の分担について、ガイドラインは何も述べていません。労働者の労働時間の長さや、企業による労働時間等の管理状況にもよるため、ガイドラインに具体的なことを書きにくいのは分かります。しかし、国が副業・兼業に関する情報の公表を推奨することまでしているのに、副業・兼業による長時間労働・過重労働の結果、労働災害というリスクが現実化してしまった場合の具体的な指針がなく、また、国としても何も特別な対応をしないというのであれば、企業としても、副業・兼業を促進するメリットよりもデメリットの方が大きいと考えるのではないでしょうか。(2) 複数の企業で働く場合以外 しかも、厚生労働省のガイドラインは、複数の企業で働く場合以外の副業・兼業については、ほぼ何も述べていません。労働基準法の適用がない副業の形態(個人事業主、フリーランス、経営など)や、労働時間規制の適用が除外されている労働者(農業・畜産業・養蚕業・水産業従事者、管理監督者、機密事務取扱者、高度プロフェッショナル制度の対象となる労働者など)について、ガイドラインは、「過労等により業務に支障を来さないようにする観点から、その者からの申告等により就業時間を把握すること等を通じて、就業時間が長時間にならないよう配慮することが望ましい。」と記載するに留まっています。国は、複数の企業で通常の労働者として働く場合以外の副業・兼業の場合、労働時間の管理等は、労働者の自己責任だと考えているのでしょう。この考え方自体は間違いとは言えませんが、所得を増やすため、本業とは別に個人事業主やフリーランスなどの立場で働き始める労働者が増えれば、長時間労働・過重労働状態になる労働者が増えてしまうでしょう。その結果、疾病(脳出血、心筋梗塞、うつ病など)によって死亡(過労死や過労自殺)したり、重篤な後遺障害を負ったりする労働者も増えてしまうでしょう。6. 副業・兼業をする労働者の保護のために 労働者が副業・兼業をする理由の大多数が、所得を増やすためであるとすれば、本業だけで十分な所得を得られるようにすることが根本的な解決策です。国も、企業(使用者)も、個人(労働者)も、副業・兼業による所得がなくても、安心して生活していけるだけの所得を本業だけで得られるようにすることを、まずは目標にすべきでしょう。その上で、1日6~8時間、週3~4日程度働くだけで十分な所得を得られるような個人が、キャリア形成、起業・転職の準備、自己実現、更なる所得の増加等を望むのであれば、長時間労働・過重労働状態にならない範囲で副業・兼業をすれば良いでしょう。国として副業・兼業を積極的に促進していくのであれば、労働者を保護するため、同時に、①個人事業主やフリーランスなどの比較的弱い立場で働く人に対する法的保護の拡充、②副業・兼業による長時間労働・過重労働を抑制する対策・仕組み作り、③副業・兼業による長時間労働・過重労働のために死傷してしまった労働者に対する補償制度の整備などをして欲しいと感じます。2022年8月12日