1. 借地の売買 沖縄では、「何十年も前に土地を借りて建物を建てた。元の地主は既に亡くなってしまったけれども、その子に賃料を支払って、そのまま土地を借り続けている。」というような話をよく聞きます。このような場合、借地人は、今後も、このまま安心して土地を借り続けることができるのでしょうか?地主が第三者に対して土地を売ってしまった場合、どうなるのでしょうか?以下では、建物を所有することを主たる目的として、賃貸借契約に基づいて一筆の土地の全部又は一部を借りているという典型例を前提として説明を致します。(以下の説明の一部は、複数筆の土地を借りている場合や地上権に基づいて土地を借りている場合などに該当しないことがあります。)2. 借地権の保護 建物を所有することを主たる目的として土地を借りている場合、借りたのが1992(平成4)年7月31日以前のときは、旧建物保護ニ関スル法律(1909年制定)と旧借地法(1921年制定)が適用され、1992(平成4)年8月1日以降のときは、借地借家法(1991年制定)が適用されます。土地は人々の生活や営業の基盤となるもので、利用している人を保護する必要性が高いことから、一定の要件を充足している借地権(※1)は、法律で強力に保護されます。※1 正確には、建物所有を主たる目的とする地上権(=他人の土地を使用収益することを目的とした絶対的な権利 [物権])又は土地の賃借権(=賃料を支払って土地を利用する契約上の権利 [債権])のことを「借地権」といいます。賃料を支払わずに土地を利用する使用借権は、借地権に含まれません。3. 借地権の対抗要件 (1) 契約に基づいた権利は第三者に主張できない? 土地の賃借権は、賃料を支払って土地を利用する賃貸借契約に基づいた権利です。借地人は、土地の賃貸借契約に基づき、契約の相手方である地主に対して「私は、この土地を利用する正当な権利(=借地権)を持っています」と主張することができます。しかし、地主が第三者に対して土地を売ってしまった場合、当該第三者(土地の買主・新所有者)は、土地の賃貸借契約を締結した直接の相手方ではありません。借地人は、土地の賃貸借契約に基づいた権利を主張することができなくなってしまいそうです。(2) 借地権を第三者に主張するための要件(対抗要件) ① 借地権の登記 実は、土地の賃借権も登記をすることができ、土地に借地権の登記(正確には、賃借権設定登記等)をしておけば、その後に土地が売られたとしても、借地人は、土地の買主に対して借地権を主張することができます。もっとも、賃借権設定登記には地主の協力が必要となるため、実務上はあまり行われません。(私が賃借権設定登記を見たことがあるのは、1回だけです。)② 建物の表示(又は権利)の登記 そこで、借地借家法第10条1項(旧建物保護ニ関スル法律第1条)は、土地に借地権の登記がない場合でも、土地上の建物の登記さえあれば、借地人は第三者に対して借地権を主張することができる旨を定めています。借地権を第三者に主張するための要件(「対抗要件」といいます。)は、正確には、借地上に登記された建物が存在し、当該建物が借地人所有で、かつ、借地人名義の登記がなされていることです。借地権の対抗要件としては、表示の登記があれば足り、権利の登記(所有権保存登記等)までは必要とされていません。(最高裁判所昭和50年2月13日判決)したがって、借地人は、借地上に建てた建物に自らの名義の登記(少なくとも表示の登記)をしておけば、後に地主が土地を売ってしまっても、その建物が存在している場合(※2)、土地の買主に対して借地権を主張することができ、土地を借り続けることができるのです(※3)。借地人(土地の賃借人)が対抗要件を備えている場合において土地が譲渡されたとき、賃貸人の地位は、原則として買主に移転するため(民法第605条の2)、賃貸借契約書を新たに締結する必要もありません。※2 火災等で建物が滅失した場合でも、借地人が、法定の事項を土地上の見やすい場所に掲示し、滅失の日から2年以内に建物を新築して登記をすれば、第三者に対して借地権を主張することができます。※3 ただし、借地権の対抗要件が具備される前に抵当権設定登記等がされている場合、借地人は、当該抵当権の権利者等に対して借地権を主張することはできません。(3) 対抗要件がない場合 地主との間で締結した賃貸借契約書や賃料を支払ってきたことを証明する領収書などが残っていても、建物の登記(又は借地権の登記)がなければ、借地人は、原則として、土地の買主に対して借地権を主張することができません。建物の登記があっても、それが借地人本人名義の登記ではなく、同居する家族等の名義の登記の場合、借地人は、借地権を主張することができません。(例えば、最高裁判所大法廷昭和41年4月27日判決、最高裁判所昭和47年6月22日判決、最高裁判所昭和47年7月13日判決、最高裁判所昭和50年11月28日判決など)相続対策などのために借地上の建物の登記名義を子などに移転する場合には、地主に同意してもらって、同時に賃貸借契約上の賃借人の地位も子などに移転しておく必要があるので、注意が必要です。4. 補足説明 (1) 相続が発生したとき ~ 対抗要件不要 借地人又は地主が死亡した場合、その相続人は、賃貸借契約上の賃借人又は賃貸人としての地位を承継します。この場合、借地人(又はその相続人)は、対抗要件を備える必要がないため、建物登記がなくても土地の賃貸借契約関係はそのまま続きます。借地人(賃借人)及び地主(賃貸人)いずれの立場からも、土地の賃貸借契約書を作り直す必要はありません。(2) 借地権等の存在を知る第三者が土地を取得したとき ~ 原則、対抗要件必要 ① 原則 借地人は、その土地上に登記した建物を有しないのであれば、土地所有権を取得した第三者に対して借地権を主張することができません。このことは、第三者が土地の賃貸借契約の存在を知って土地所有権を取得した場合でも変わりありません(最高裁判所昭和40年4月2日判決参照)。土地所有権を取得した第三者は、原則として、借地人に対して建物収去土地明渡しを求めることができます。② 例外 しかし、土地所有権を取得した第三者が、借地人が対抗要件を備えていないことを主張する正当な利益を有する第三者に当たらないと言えるような例外的な場合であれば、借地人は、借地権を主張することができます。(例えば、東京高等裁判所昭和45年5月27日判決など)また、借地人が建物の登記がなく、借地権を主張することができない場合でも、個別の事情によっては、土地所有権を取得した第三者の借地人に対する建物収去土地明渡請求が権利の濫用に当たるとされることもあります。(例えば、最高裁判所昭和43年9月3日判決、最高裁判所昭和44年11月21日判決、最高裁判所昭和52年3月31日判決、最高裁判所平成9年7月1日判決など)5. まとめ 建物を所有することを主たる目的として土地を借りている場合、借地上に建てた建物に借地人自らの名義の登記をし、かつ、その建物が存在しているのであれば、後に地主が土地を売ったとしても、借地人は、土地の買主に対して借地権を主張することができます。借地人は、土地の買主から立ち退きや土地の買取りを要求されたとしても、その要求を拒否して、土地をそのまま借り続けることができるので安心です。建物の登記がなくても借地人が救済されることはありますが、例外的な場合に限られます。借地人は、借地上の建物がきちんと登記されていることを確認するようにしてください。2022年9月20日(2024年6月18日一部訂正)