1. 法定相続分による遺産分割 お亡くなりになった方(「被相続人」といいます。)が遺言を残していない場合等において、相続人が複数いるとき、共同相続人は、遺産分割を行って相続財産の帰属を決めます。民法は、各相続人が相続する遺産の割合(相続財産全体に対する各相続人の持分。「法定相続分」といいます。)を定めており(民法第900条)、遺産分割の際には、法定相続分が一応の基準となります。(法定相続分の詳細については、別コラム「相続人の範囲と法定相続分」を参照してください。)2. 具体的相続分の意義 しかし、共同相続人の中には、被相続人から遺贈を受けた者や被相続人の生前に多額の贈与を受けた者がいる場合があります。また、被相続人の事業に多大な貢献をした者や被相続人の療養看護に努めた者がいる場合もあります。このような事情がある場合には、相続人が受けた遺贈及び特別の贈与(両者を併せて「特別受益」といいます。)や相続人による特別の寄与(「寄与分」といいます。)を考慮して、各相続人の相続分(「具体的相続分」といいます。)の額を算定します。特別受益や寄与分がある場合には、相続人間の公平を図るため、法定相続分を基準とせず、具体的相続分を基準として遺産分割を行うのです。3. 特別受益 (1) 意義 共同相続人間の公平を図るため、特別受益がある場合は、被相続人が相続開始時に有していた積極財産(相続債務を含めないもの)の額に、各共同相続人が受けた特別受益の額を加算して、「みなし相続財産」の額を算定します。この「みなし相続財産」の額に、各共同相続人の法定相続分を乗じて一応の相続分の額を算定し、特別受益を得た者については、この額から特別受益の額を控除して具体的相続分の額を算定します。(民法第903条)このように特別受益を具体的相続分の計算上の考慮に入れることを「特別受益の持戻し」といい、その計算のことを「持戻し計算」といいます。(2) 持戻し計算の例 被相続人Aが亡くなり、長男B及び二男Cの2人が相続したとします。相続開始時の相続財産の額は3000万円でした。Aは、亡くなる2年前にCに独立開業資金として1000万円を贈与していましたが、Bには何も贈与していませんでした。もし、BとCが、相続財産から法定相続分1/2に当たる1500万円ずつ取得するとしたら、Aから何ももらっていないBと、1000万円の生前贈与を受けていたCの間に不均衡が生じます。そのため、Cに対する生前贈与1000万円を相続財産に加算(持戻し)して、相続財産3000万円+生前贈与1000万円=4000万円をみなし相続財産と考えて、次のとおり、各人の具体的相続分の額を算定します。B: 4000万円 × 法定相続分1/2 = 2000万円C: 4000万円 × 法定相続分1/2 - 生前贈与1000万円 = 1000万円このように、持戻し計算を行うことで、BとCがAから承継する財産は共に2000万円となり、公平な遺産分割が実現します。(3) 特別受益の種類 特別受益に該当し得るのは、遺贈及び相続財産の前渡しと評価される贈与です。以下のようなものが挙げられます。遺贈遺言によってなされる遺言者の財産の無償譲渡(遺贈は全て特別受益になります。)生計の資本としての生前贈与生計の基礎として役立つような不動産(居住用不動産、受贈者が農業を営む場合の農地など)、不動産購入資金、借地権、独立資金などの贈与(少額の贈与が長期間・多数回にわたってなされ、その総額が多額となった場合には、親族間の扶養的金銭援助の範囲を超えていると言えるときに限り、その超える部分が特別受益になります。)婚姻又は養子縁組のための生前贈与婚姻又は養子縁組のための結納金・持参金・支度金の贈与(扶養義務の範囲を超えた多額のものが特別受益になります。現代の沖縄において、このような贈与はほとんど行われていないと思われます。)相続分の無償譲渡共同相続人間においてされた、財産的価値を有する相続分の無償譲渡(最高裁判所平成30年10月19日判決参照。なお、相続分の譲渡に関する説明は、別コラム「相続人の変動(1) ~ 相続分の譲渡」をご覧ください。)債務の支払被相続人が相続人の多額の債務を肩代わりして支払い、かつ、求償権を放棄したと認められる場合における債務の支払高等教育費用・留学費用高校卒業後の教育・留学に伴う入学金・授業料等の負担(被相続人の資産、社会的地位などに照らして、子に対する扶養の範囲を超えた多額のものが特別受益になります。子らそれぞれの教育費の総額に大きな不均衡があるときに問題になりやすいと思われます。)不動産の無償使用による利益相続人が被相続人の不動産を無償使用して得た利益(個別具体的な事情次第ですが、持戻しの対象となることは多くないと思われます。)死亡保険金保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合の死亡保険金(最高裁判所平成16年10月29日決定)なお、特別受益に該当する可能性のある贈与を受けた相続人が、被相続人に寄与する行為をしていた場合、当該贈与は、寄与行為の対価として行われたものとして特別受益性が否定される(又は、下記(5)の「持戻し免除の意思表示」が認められるとして、特別受益の持戻しが否定される)ことが多く、また、当該寄与行為について寄与分も認められないことが多いと思われます。(4) 特別受益者の範囲 ① 原則 特別受益に該当する遺贈及び贈与は、原則として、共同相続人に対するものに限られます(民法第903条1項)。② 例外 しかし、共同相続人ではない者に対する以下のような遺贈及び贈与については、特別受益としての持戻しを検討する必要があります。被代襲者が受けた贈与被相続人の死亡以前に、相続人となるはずであった子や兄弟姉妹(「被代襲者」といいます。)が先に死亡し、その後に被相続人が死亡した場合に、被代襲者の子(「代襲相続人」といいます。)が相続することを代襲相続といいます。代襲相続の場合において、被代襲者が特別受益に該当する贈与を受けていたとき、例えば、①親Aが子Bに対して居宅を生前贈与した後、②Bが死亡し、③その後にAが死亡してBの子Cが共同相続人の1人となったとき、代襲相続人Cは、被相続人Aの遺産分割の際に、被代襲者Bが受けた生前贈与を特別受益として持ち戻す必要があります。代襲原因発生前に代襲相続人が受けた贈与代襲相続の場合において、代襲原因発生前に代襲相続人が特別受益に該当する贈与を受けていたとき、例えば、①親Aが孫Cに対して居宅を生前贈与した後、②子Bが死亡し、③その後にAが死亡してBの子Cが共同相続人の1人となったとき、代襲原因発生前のCに対する贈与が特別受益に該当するかが問題になります。代襲原因発生前の贈与は、推定相続人に対するものではないこと等から、特別受益性を否定するのが通説です。(特別受益に該当するとの反対説も有力です。)受贈者が相続人の地位を得る前に受けた贈与受贈者が生前贈与を受けた後に婚姻・養子縁組などによって推定相続人となり、その後に被相続人が死亡した場合、例えば、①AがBに対して居宅を生前贈与した後、②AとBが婚姻し、③その後にAが死亡してBが共同相続人の1人となった場合、相続人の地位を得る前のBに対する贈与が特別受益に該当するかが問題になります。Bは、被相続人Aの遺産分割の際、婚姻前のものも含めて、自らが受けた生前贈与を特別受益として持ち戻す必要があるとするのが通説です。(上記2.の通説と整合的な解釈が取りにくい考え方が通説となっているところに、法解釈の難しさを垣間見ることができます。)相続人の配偶者や子が受けた遺贈・贈与被相続人が相続人の配偶者や子などに対して遺贈・贈与をした場合は、原則として、特別受益性が否定されます。しかし、名義上は配偶者や子などに対する遺贈・贈与であるが、実態は相続人に対する遺贈・贈与である場合には、特別受益に該当すると考えられます。被相続人が相続人の配偶者などに遺贈・贈与をした個別具体的な事情に応じて、特別受益に該当するか否かを判断することになります。(5) 特別受益の持戻し免除 ① 意義 特別受益の持戻しが行われるのは、相続人間の公平を図るとともに、それが被相続人の意思にも合致すると考えられているからです。したがって、被相続人がこれと異なる意思、すなわち、特定の相続人に相続分とは別に特別の利益を与える趣旨で、「遺産分割において、特定の相続人が得た特別受益を相続財産に持戻しする必要がない」との意思を表示していた場合、特別受益の持戻しは免除されます(民法第903条3項、この意思表示のことを「持戻し免除の意思表示」といいます。)。② 意思表示の方法 持戻し免除の意思表示は、明示の意思表示である必要はなく、黙示の意思表示でも良いとされています。生前行為でも、遺言でも構いません。遺言に記載されている場合を除けば、明示的に持戻し免除の意思表示がされていることはほとんどないでしょう。ただし、遺贈による特別受益については、遺言によって持戻し免除の意思表示をしておくことが望ましいと言えます(※)。遺言以外の方法による持戻し免除の意思表示は、生前贈与の場合と比べて、より厳格に、被相続人による明確な意思表示の存在が認められるかどうかを判断されるからです。(大阪高等裁判所平成25年7月26日決定(判例時報2208号60頁)参照)※ 遺言書作成のアドバイスや援助をする専門家は多いですが、弁護士以外の専門家がこの点を意識してアドバイス等をできているのかは疑問です。③ 夫婦間の持戻し免除の推定 婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、配偶者に対して居住用不動産を贈与又は遺贈した場合、被相続人は持戻し免除の意思表示をしたものと推定されます(民法第903条4項)。また、婚姻期間が20年以上の夫婦間において、被相続人が配偶者に対して居住建物を無償で使用収益する権利(配偶者居住権)を遺贈した場合も、被相続人は持戻し免除の意思表示をしたものと推定されます(民法第1028条3項、第903条4項準用)。これらは、2018年の民法(相続法)改正で新設された規定で、2021年7月1日から施行されています。④ 遺留分との関係 持戻し免除が遺留分権利者の遺留分を侵害する場合には、遺留分を侵害する範囲で持戻し免除の範囲が縮減されます。遺留分の侵害については、別コラムで説明致します。(6) 特別受益の評価基準時 特別受益は、相続開始時を基準時として評価を行います。受贈者が贈与された財産を売却したり、滅失させたり、又は当該財産の価格の増減があったときでも、相続開始時に、なお当該財産をそのまま所有しているものとみなして贈与の価額を算定します(民法第904条)。これに対し、天災など、受贈者の行為によらずに贈与された財産が滅失した場合には、特別受益はないと考えることになります。(7) 相続開始時から10年経過後の主張制限 2023(令和5)年4月1日施行予定の「民法の一部を改正する法律」(「令和3年改正民法」といいます。)は、早期に遺産分割を行うことを促すこと等を目的として、遺産分割に関し、具体的相続分を主張できる期間を制限する規定(令和3年改正民法第904条の3)を新設しています。① 原則 相続開始(被相続人の死亡)時から10年を経過した後にする遺産分割は、具体的相続分ではなく、法定相続分(又は指定相続分)によることになり、特別受益及び寄与分を主張することができなくなります。(寄与分については、次のコラム「具体的相続分(2) ~ 寄与分(令和3年改正民法対応)」でご説明します。)② 例外 ただし、①相続開始から10年経過前に相続人が家庭裁判所に遺産分割請求をしたとき、②10年の期間満了前6か月以内に相続人に遺産分割請求をすることができないやむを得ない事由があった場合において、当該事由消滅時から6か月経過前に当該相続人が家庭裁判所に遺産分割請求をしたときは、具体的相続分により遺産分割が行われるため、特別受益及び寄与分を主張することができます。③ 経過措置 令和3年改正民法が施行される2023年4月1日よりも前に被相続人が死亡していた場合の遺産分割にも、令和3年改正民法のルールが適用されます。ただし、経過措置により、少なくとも施行時から5年の猶予期間が設けられています。具体的には、次のとおりです。2018年3月31日以前に被相続人が死亡している事案原則として、2028年3月31日経過時点で具体的相続分による分割の利益が失われ、特別受益及び寄与分を主張することができなくなります。2018年4月1日以降に被相続人が死亡している事案原則として、相続開始時から10年経過した時点で具体的相続分による分割の利益が失われ、特別受益及び寄与分を主張することができなくなります。(8) 手続と主張立証責任 特別受益の有無の主張・認定・判断は、遺産分割協議・調停・審判の中で行われます。特別受益は、「他の相続人が特別受益に該当する遺贈及び贈与を受けた」と主張する相続人がその存在及び額を主張立証する責任を負います。これに対し、持戻し免除の意思表示は、特別受益に該当する遺贈及び贈与を受けた相続人がその存在を主張立証する責任を負います。上記(2)の持戻し計算の例で言えば、長男Bが、特別受益として持戻しを行うことを求めるのであれば、①被相続人Aが二男Cに対して1000万円を生前贈与したこと及び②この生前贈与が特別受益に該当することを主張しなければなりません。Cが①と②の事実を認めるか又はBが①と②の事実を証明した場合には、持戻し免除の意思表示が問題となります。Cが持戻し免除の意思表示の存在を主張する場合には、Cが、Aが持戻し免除の意思表示をしていた事実を証明する必要があります。2021(令和3)年中、遺産分割審判・調停事件のうち認容・調停成立の件数は6,996件で、うち588件(8.40%)において、共同相続人中に特別受益者がいて、遺産の分割に当たりその特別受益分が考慮されていました。(令和3年司法統計年報家事編66頁)遺産分割手続においては、「他の相続人が特別受益に該当する多額の生前贈与を受けていた」との主張が繰り返される事例を目にします。しかし、他の相続人が生前贈与があったことを認めず、かつ、生前贈与があったことを裏付ける的確な証拠もない場合、そのような主張に固執し続けるのは、(お気持ちは分からないではないものの) 紛争の解決を遅らせるため、適切ではないように思います。次のコラム「具体的相続分(2) ~ 寄与分(令和3年改正民法対応)」に続きます。2022年10月4日