前のコラム「具体的相続分(1) ~ 特別受益(令和3年改正民法対応)」の続きです。4. 寄与分 (1) 意義 被相続人が遺言を残していない場合等において、相続人が複数いるとき、共同相続人は、法定相続分を一応の基準として遺産分割を行い、相続財産の帰属を決めます。しかし、共同相続人の中に、被相続人の事業に多大な貢献をしたり、被相続人の療養看護に努めたりして、被相続人の財産の増加又は維持に特別の寄与をした者がいる場合には、相続人間の公平を図る必要があります。そこで、特別の寄与をした相続人がその寄与した分(「寄与分」といいます。)を主張する場合には、法定相続分を基準とせず、具体的相続分を基準として遺産分割を行います。この場合は、被相続人が相続開始時に有していた積極財産(相続債務を含めないもの)の額から、その寄与分の額を控除して「みなし相続財産」の額を算出します。この「みなし相続財産」の額に、各共同相続人の相続分を乗じて一応の相続分の額を算定し、特別の寄与をした者については、この額に寄与分の額を加算して具体的相続分の額を算定します。(民法第904条の2)(2) 寄与分計算の具体例 被相続人Aが亡くなり、長女B及び長男Cの2人が相続したとします。相続開始時の相続財産の額は4000万円でした。生前、Aが新規事業を起こす際に、BはAに対し、その資金として1000万円を贈与していました。もし、BとCが、相続財産から法定相続分1/2に当たる2000万円ずつ取得するとしたら、親Aに1000万円を贈与した長女Bと、何もしていない長男Cの間に不均衡が生じます。そのため、BのAに対する贈与1000万円を相続財産から控除して、相続財産4000万円-贈与1000万円=3000万円をみなし相続財産と考えて、次のとおり、各人の具体的相続分の額を算定します。B: 3000万円 × 法定相続分1/2 + 贈与1000万円 = 2500万円C: 3000万円 × 法定相続分1/2 = 1500万円このように、寄与分を考慮した計算を行うことで、BとCがAから承継する財産は、実質的に、共に1500万円となり、公平な遺産分割が実現します。(3) 寄与分の要件 寄与分が認められるためには、以下の要件を満たす必要があります。① 被相続人自らの寄与行為が存在すること 寄与分は、具体的相続分算定のための修正要素です。そのため、相続人自らに寄与がある必要があり、相続人以外の者に寄与分が認められることはありません。ただし、下記(5)で述べるとおり、例外的に、相続人以外の者による寄与行為を相続人による寄与行為として扱って寄与分を算定することがあります。② 「特別の寄与」であること 寄与行為は、被相続人と相続人の間の身分関係に基づいて通常期待される程度を超える貢献(特別の寄与)である必要があります。夫婦間の協力扶助義務(民法第752条)、親族間の扶養義務(民法第877条1項)や相互扶助義務(民法第730条)の範囲内の行為は、特別の寄与には当たりません。③ 寄与行為によって被相続人の財産が維持又は増加したこと 相続人の寄与行為によって、被相続人の財産の減少が阻止され又は財産が増加した必要があります。財産上の効果のない援助や協力(例えば、頻繁に見舞いをして励ましたり、話し相手になったりしたこと等)は、寄与分として評価されません。相続開始後に、相続財産を維持又は増加させたことに対する貢献も、寄与分としては評価されません。(4) 寄与行為の類型 寄与行為は、「被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法」によるものであり、以下に挙げる類型が代表的なものです。家業従事型相続人が無報酬又は著しく低額な報酬で、被相続人が営む農林水産業、商工業等の事業に従事していた場合です。①特別の寄与、②無償性(被相続人による生活費の負担も考慮します。)、③継続性(短くとも数年程度)、④ある程度の専従性が必要となりますが、②~④をいずれも満たす事例は多くないと思われます。また、相続人が、被相続人が代表者を務める法人に対して無償で労務提供を行ったような場合は、被相続人の財産が維持又は増加するわけではないことから、原則として寄与分は認められません。金銭等出資型被相続人に対して財産上の給付をしていた場合です。不動産購入資金・事業資金の援助、医療費・介護費用や施設入所費用の負担などがこれに当たります。財産を給付していたことの証拠が残ってさえいれば、寄与分として認めてもらいやすいと言えます。ただし、必ずしも給付された財産の全額について寄与分が認められるわけではありません。療養看護・介護型相続人が被相続人の療養看護や介護を行っていた場合です。①被相続人の療養看護・介護の必要性(入院・施設入所等が必要な状態(=「要介護2」以上を目安とした状態)であるにもかかわらず、自宅で看護・介護したこと等)、②特別の寄与、③無償性、④継続性、⑤ある程度の専従性が必要となります。扶養型相続人が被相続人のことを扶養していた場合です。①扶養の必要性、②特別の寄与、③無償性、④継続性が必要となります。財産管理型相続人が被相続人の財産を管理していた場合です。賃貸不動産の管理などがこれに当たります。①財産管理の必要性、②特別の寄与、③無償性、④継続性が必要となります。先行相続の相続放棄・相続分の譲渡型先行相続において相続人が他の相続人のために相続放棄又は相続分の譲渡をし、これによって当該他の相続人の相続分を増大させた後、当該他の相続人について相続が発生した場合です。原則として、寄与分は否定されますが、①先行相続の共同相続の態様、②相続放棄又は相続分の譲渡をした理由、③先行相続から後行相続までの期間などの事情によっては、例外的に寄与分が認められる場合があり得るかもしれません。(5) 寄与分権者の範囲 ① 原則 寄与分を請求できるのは、共同相続人に限られます(民法第904条の2第1項)。② 例外 しかし、以下のような、共同相続人ではない者による寄与については、相続人の寄与に含めて評価することができるか否かを検討する必要があります。被代襲者による寄与被代襲者(被相続人よりも先に死亡した子など)が被相続人に特別の寄与をしていた場合、代襲相続人(被代襲者の子)は、被代襲者の寄与行為による寄与分を取得することができます。例えば、被代襲者Bが家業に無報酬で従事し、被相続人Aの財産の形成に特別な寄与をしたものの、Aよりも先にBが死亡していた場合、Bの子Cは、代襲相続人として、被代襲者Bが生存していたならば当然請求することができたであろう寄与分を請求することができます。代襲原因発生前の代襲相続人による寄与代襲相続の場合において、代襲原因発生前に代襲相続人が寄与をしていたとき、例えば、①孫Cが親Aの介護を始め、②子Bが死亡し、③その後も、Cは引き続きAの介護に努め、④後にAが死亡してCが共同相続人の1人となったとき、代襲原因発生後の寄与(③)に加えて、代襲原因発生前の寄与(①)も寄与分に含めることができるかが問題になります。代襲原因発生前後の寄与を区別せず、①も寄与分に含めるとするのが通説です。寄与者が相続人の地位を得る前にした寄与相続人が婚姻・養子縁組などによって推定相続人となる前に、被相続人に対して寄与をし、婚姻・養子縁組などの後に被相続人が死亡した場合、例えば、①BがAの介護を始め、②AとBが婚姻し、③その後も、Bは引き続きAの介護に努め、④後にAが死亡してBが共同相続人の1人となった場合、相続人の地位を得た後の寄与(③)に加えて、相続人の地位を得る前の寄与(①)も寄与分に含めることができるかが問題になります。婚姻等の前後で同一の行為の法的性質を分けることは合理的ではないとして、①も寄与分に含めるとする説が有力です。相続人の配偶者や代襲相続人の親による寄与共同相続人以外の者による貢献が共同相続人によるものと同視できる場合は、当該者を相続人の履行補助者又は代行者と扱って、当該者による貢献を相続人の特別の寄与として解釈するということが実務上行われてきました。典型例は、相続人である子の妻(又は代襲相続人である孫の母)が被相続人(義父)の介護を行う場合です。しかし、いわゆる「嫁」を履行補助者又は代行者とし、その寄与を相続人である子や孫の寄与として解釈することに対しては、「夫婦一体あるいは親子一体思想の表れであり、個人の尊厳という民法の基本理念に反する」という指摘があります。(二宮周平『家族法 第5版』392頁(新世社、2019年))「嫁」の寄与を考慮すべきという問題は、別コラム「特別寄与料 ~ 相続人以外の親族による「特別の寄与」」で説明する特別寄与料の制度の導入により立法的に解決されたと言えます。今後、相続人の配偶者等を履行補助者又は代行者として扱う解釈論が完全に否定されるのか、財産上の給付を行った場合に限って同様の解釈をすることになるのか、労務の提供を行った場合も含めてこの解釈論が維持されるのかは、実務の運用を見守る必要があります。(6) 寄与分の評価基準時 寄与分は、相続開始時を基準時として評価を行います。(7) 寄与分の上限 被相続人が遺贈をしていた場合、寄与分は、相続財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることができません。(民法第904条の2第3項)遺留分との関係については、他に寄与分の上限を定める規定がないことから、協議又は家事調停において、遺留分を侵害するような寄与分を定めることも可能です。家庭裁判所の審判では、寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して寄与分が定められることから(民法第904条の2第2項)、個別具体的な事情次第ですが、他の共同相続人の遺留分を侵害しないような考慮がなされるのではないかと思います。(東京高等裁判所平成3年12月24日決定(判例タイムズ794号215頁)参照)寄与分は、遺産分割時における相続分を調整する修正要素です。これらの制約を超える金額の清算を求めるのであれば、他の法律構成による請求(例えば、所有権確認請求、共有物分割請求、黙示の委任契約や扶養求償権に基づく請求)を検討するしかありません。(8) 相続開始時から10年経過後の主張制限 令和3年改正民法が施行される2023年4月1日以降、相続開始(被相続人の死亡)時から10年を経過した後にする遺産分割は、原則として、具体的相続分ではなく、法定相続分(又は指定相続分)によることになり、寄与分を主張することができなくなります。(令和3年改正民法第904条の3)例外及び経過措置については、前のコラム「具体的相続分(1) ~ 特別受益(令和3年改正民法対応)」の3.(7)をご覧ください。(9) 手続と主張立証責任 寄与分は、共同相続人全員の協議によって決定されます。協議が調わないとき又は協議ができないときは、寄与分を定める家事調停が行われ、調停不成立の場合には、家庭裁判所の審判によって決定されます。寄与分の調停・審判は、遺産分割の調停・審判申立てを前提として行われますが、寄与分の調停・審判申立てをしないまま、遺産分割調停・審判事件で寄与分を定めることもできます。寄与分は、「自らの寄与行為により被相続人の財産の減少を阻止し又は財産を増加させた」と主張する相続人が、特別の寄与の存在等を立証しなけばなりません。しかし、寄与分の立証は容易ではありません。このことは、下記の司法統計の数字にも現れているように思います。2021(令和3)年中、遺産分割調停事件の申立ては13,564件ありましたが、寄与分調停事件の申立ては584件に止まっています。同年中の寄与分調停事件の既済件数559件のうち、調停成立は247件(44.19%)、調停に代わる審判は73件(13.06%)、調停不成立は136件(24.33%)、取下げは86件(15.38%)でした。同年中、遺産分割審判事件の申立ては2,255件あり、寄与分審判事件の申立ては459件ありました。同年中の寄与分審判事件の既済件数466件のうち、認容は79件(16.95%)、却下は219件(47.00%)、取下げは43件(9.23%)でした。また、遺産分割審判・調停事件のうち認容・調停成立で寄与分の定めのあった事件の件数は134件に過ぎず、うち74件(55.22%)において遺産の価額に占める寄与分の割合が10%以下となっています。(令和3年司法統計年報家事編12~15頁、67頁)2022年10月14日