1. トートーメーの継承 沖縄では、位牌(いはい)のことを一般的に「トートーメー」と呼びます。沖縄で広く普及している位牌は、沖縄位牌(ウチナーイフェー)です。短冊状の位牌札を上下2段に分けて並べるタイプと、1段に並べるタイプがあります。(1) 沖縄の慣習 沖縄本島地方では、「シジのある者」(父方の血筋をひく男性)が祖先の位牌(トートーメー)を継いでいく必要があり、「シジのない者」を祖先として祀(まつ)ると子孫に不幸を招くなどと言われることがあります。トートーメーの継承については、次のルールとタブー(禁忌)があるとされています。< 継承のルール > トートーメーは嫡男(正妻との間に生まれた長男)が継ぐのが望ましい。女の子に継がせてはいけない。二男以下の男の子は分家し、亡くなった時には、分家の初代(元祖)として、その長男が新しくトートーメーを仕立てる。承継すべき男の子がいない場合は、同じ門中内の一世代下の男性(兄弟、従兄弟等の二男以下)に継がせる。< 継承のタブー(禁忌) > タチイマジクイ(他系混ぜ交み)他の門中の者が養子となって継承してはいけない。(娘の夫を婿養子として迎えたり、娘の子を養子としたりすることもいけない。)チャッチウシクミ(嫡子押し込み)二男以下の男の子が父親の跡を継いではならない。チョーデーカサバイ(兄弟重なり)兄と弟を一緒に祀ってはならない。イナググヮンス(女元祖)女性を初代とした位牌を継承してはならない。(娘を生家の祖先として祀ることも良くない。)≪参考文献≫波平エリ子『トートーメーの民俗学講座 沖縄の門中と位牌祭祀』154-188頁(ボーダーインク、2010年)むぎ社編『ひと目でわかる!沖縄の葬式と法事と位牌 スーコーとトートーメー』128-174頁(むぎ社、2007年)(2) 法律の定め 法律上、トートーメー、お墓(墓地)、家系図などは「祭祀財産」と呼ばれます。祭祀財産の所有権を承継する者は、次の順序で定められます。(民法第897条)亡くなった人(「被相続人」といいます。)が指定する祖先の祭祀を主宰すべき者(被相続人の指定がない場合) その地方の慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者(被相続人の指定がなく、慣習も明らかでない場合) 家庭裁判所の調停又は審判で定められる者(3) 慣習と法律の関係 以上に明らかなように、トートーメーの継承に関して、沖縄本島地方の慣習と民法の規定の間に矛盾はありません。沖縄本島地方では、被相続人の指定又は慣習に従って、長男(又は、男の子がいない場合において、養子縁組等した同じ門中内の二男以下の男性)が、祖先の祭祀を主宰する者(「祭祀主宰者」といいます。)としてトートーメー、お墓(墓地)などの所有権を承継するのです。(4) トートーメーの継承に伴って問題が発生する場合 トートーメーの継承に関する問題が発生するのは、次の3つのいずれかの場合だと思われます。< トートーメーを継承する適任者がいない場合 > 被相続人に子がいない場合や女の子しかいない場合などにおいて、トートーメーを継承する適任者が見付からないまま被相続人が亡くなったときに問題が発生します。少子化などに伴ってトートーメー継承のルールを守っていくのは今後更に難しくなっていくでしょうから、この問題は、今後も発生し続けるでしょうし、トートーメー継承のルールも変容していくものと思われます。親族が長期間トートーメーを預かっているとか、女の子や二男以下の男の子がトートーメーを継承しているというのは、よく聞く話です。< 複数の相続人がトートーメーの継承を主張する場合 > 被相続人の複数の子がトートーメーの継承を主張している場合などですが、実際には、「誰が被相続人や祖先の祭祀を主宰するか」を争っているのではなく、「誰が、どの程度、被相続人の財産を取得するか」を争っている事案の方が多いと思われます。「トートーメーと墓地だけを取得して、祖先を祀りたい。財産はいらない。」という人は、あまりいないのではないでしょうか。< 誰もトートーメーを継承したがらない場合 > 逆に、被相続人の財産が少なかったり、マイナスであったりする場合には、誰もトートーメーを継承したがらないという形で問題になることもあります。2. 相続トラブルとの関係 (1) 沖縄の慣習 沖縄では、トートーメーを継ぐ長男が、その家の財産のほとんどを承継するということが長く行われてきました。トートーメー(祭祀財産)と家の財産は一体との考えです。確かに、トートーメーを継いだ長男は、トートーメーを祀る仏壇(ブチダン)と仏壇を備える家(ヤー)が必要です。法事法要や清明祭、旧盆等の年中行事を執り行うためには、費用も労力もかかりますし、お墓の管理も楽ではありません。トートーメーと財産を一体として考える沖縄の慣習も、合理性が全くないとまでは言えません。(2) 法律の定め 法律上、被相続人の不動産、動産、預貯金、現金等の財産(「相続財産」といいます。)は、祭祀財産と区別して取り扱われています。被相続人が生前に遺言書を残しているか否かで、誰がどの相続財産を取得するかが変わってきます。< 遺言書がない場合 > 被相続人が遺言書を残さずに亡くなった場合、相続人は、全員で遺産分割を行って、被相続人の財産を分けます。その際は、各相続人の法定相続分を目安として、どの相続人がどの財産を取得するかを決めていくのが通常です。(法定相続分については別コラム「相続人の範囲と法定相続分」を参照してください。)そのため、例えば、長男が「トートーメーを継ぐのは自分だから、父の財産も全部もらう」と主張しても、他の相続人が反対する限り、長男の主張のとおりに遺産分割が行われることはありません。(相続人全員がトートーメーを継いだ長男に発生するであろう経済的負担を考慮することに同意し、長男に多めに財産を取得してもらうという内容で遺産分割を行うことは当然可能です。)< 遺言書がある場合 > 被相続人が遺言書を残してから亡くなった場合、相続人等は、原則として、遺言の内容に従って相続財産を取得します。例えば、被相続人が「一切の財産を長男に相続させる」との遺言をしていた場合、長男が単独で全ての相続財産を取得し、沖縄の慣習に沿った相続財産の承継が一応実現することになります。しかし、現在の民法は、配偶者の権利に配慮し、子を平等に扱っています。そのため、長男に全財産を取得させる遺言書を残して被相続人が亡くなったとしても、実際に長男が全財産を取得できるかは分かりません。長男が単独で全財産を取得することに反対する配偶者や他の子は、自らに最低限保障されている「遺留分」という権利が侵害されているとして、遺留分を侵害した長男に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができます。遺言書は、その内容が適切でない場合、相続人間で深刻な相続トラブルが発生させる原因となってしまうのです。(3) 相続トラブルの予防を目的とした遺言書の作成 トートーメーの継承に伴う相続問題に関しては、生前にトートーメーと財産の承継に関する方針をしっかりと立て、適切な内容の遺言書を残すことで、自らの死後の相続手続を円滑に進めることができるようになり、かつ、多くの場合は、相続トラブルの発生や深刻化を予防することができます。< 遺言書の内容 > 相続トラブルの発生や深刻化を予防するためにも、遺言書は、以下の点を踏まえた内容にした方が良いでしょう。祭祀主宰者(又は墓地を相続させる者)は指定した方が良いでしょう。トートーメーを継承する祭祀主宰者(例えば長男)に経済的負担が発生することを考慮して、多めに財産を取得してもらうことに問題はありません。原則として、配偶者や他の子が有する遺留分を侵害する遺言はすべきではありません。配偶者や他の子がいる場合は、特別な事情がない限り、トートーメーを継承する祭祀主宰者(例えば長男)に全財産の半分を超える財産を取得させるような遺言は避けた方が無難です。遺留分を侵害する遺言は、他の相続人に深刻な不満を抱かせ、遺留分侵害額請求を誘発します。その結果、財産を多くもらった人は、紛争が解決するまでの間に大変な思いをし、他の相続人との仲も修復が困難なほどに悪化してしまいます。自らの死後の相続に関し、分からないことや不安な点があれば弁護士に相談してみてください。相談の結果、相続トラブルが発生する可能性があるということであれば、その予防を目的として遺言書を作成することをお勧め致します。弁護士は、裁判所の実務に即した遺留分の算定を行った上で、個々の事案に即した内容の遺言書を残すための援助をすることができます。< 遺言書の形式(遺言の方式) > 遺言書の形式(遺言の方式)については、個別具体的な事情(相続紛争の発生を予防できる可能性、ご本人の体調、手間等)にもよりますが、私は、自筆証書遺言の保管制度を用いた自筆証書遺言をお勧めすることが多いです。(自筆証書遺言の保管制度については、別コラム「自筆証書遺言の保管制度」をご参照ください。)2022年11月9日