弁護士は、会社の経営者から、従業員による横領などの不正行為について相談を受けることが比較的よくあります。(元)従業員やその周囲の方から、横領をしてしまった後の弁償や裁判などについて相談を受けることもあります。1. 刑法の規定 (1) 単純横領罪 刑法第252条第1項は、単純横領罪といわれる罪について、「自己の占有する他人の物を横領した者は、5年以下の懲役に処する。」(※1)と定めています。単純横領罪の法定刑は、窃盗罪の法定刑(10年以下の懲役又は50万円以下の罰金)や詐欺罪の法定刑(10年以下の懲役)に比して軽いです。単純横領罪の法定刑が比較的軽いのは、①他人の財物を奪ったり、他人に財物を交付させたりする行為がないこと及び②人が自分の手元にある他人の金品を自分のものにしたいという誘惑に負けやすいことを考慮しているからだと考えられます。(2) 業務上横領罪 これに対し、会社の従業員・役員、役所の職員などが横領した場合に問題となる業務上横領罪については、刑法第253条が、「業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、10年以下の懲役に処する。」(※2)と定めています。業務上横領罪の法定刑が、窃盗罪や詐欺罪と同程度に引き上げられているのは、信頼関係に基づいた業務者という身分があり、単純横領罪よりも責任非難が増大するからだと考えられます。※1 懲役と禁錮の両刑を一元化して「拘禁刑」を創設する改正刑法が2025年に施行される見込みです。改正刑法施行後、刑法第252条第1項の規定は、「自己の占有する他人の物を横領した者は、5年以下の拘禁刑に処する。」になります。※2 改正刑法施行後、刑法第253条の規定は、「業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、10年以下の拘禁刑に処する。」になります。2. 業務上横領などの不正行為が行われる理由 業務上横領などの不正行為が行われてしまうのは、お金が魅力的であり、人がその誘惑に負けやすいからです。不正行為の被害に遭った会社の経営者は、口をそろえて、「従業員を信用して、任せていた」、「この人が横領するとは思わなかった」などとおっしゃるのですが、残念ながら、人がお金の誘惑に負けやすいということに対する認識が甘いと言わざるを得ません。3. 不正行為の予防 (1) 経営者としての考え方 従業員・役員による不正行為の影響は深刻です。不正行為そのものによる金銭的損害以外にも、調査等をする手間が生じますし、不正行為に関与していない従業員にとっての働きやすさが低下します。経営者にも多大な精神的苦痛を与えます。不正行為による損害額が経費として計上されている場合は、税務調査において否認されて損金不算入となり、追徴課税されます。会社の経営者は、以上のことを理解し、従業員・役員がお金の誘惑に負けないような管理体制を構築することが重要です。(2) 具体的対策 不正行為を防ぐための具体的な対策は、例えば、以下のようなものです。詐欺、背任など、業務上横領以外の不正行為への対策も含めて記しています。現金の取扱いをなくすか、できる限り少なくする。(振り込み、キャッシュレス決済、クレジットカード払いなどを利用して、企業活動における出入金のあらゆる場面で、できる限り現金を用いないようにするのが望ましいです。)現金売上げは、毎日、預金口座に入金する。現金の管理担当者と記帳・報告担当者を分け、現金と帳簿残高が合っていることを毎日確認する。金券類や転売しやすい商品、備品等は、台帳を作成し、使用目的と数量を定期的に確認する。現金、金券類、商品、備品等を扱っている場所に、防犯カメラなどの警備機器を設置する。(盗難対策としても導入可能です。)出金伝票、経費精算システム等を用いた経費の承認制度を導入し、従業員・役員が単独で出金できないようにする。特定の従業員・役員による経費支出の頻度、時期、内容、金額やその推移等に不自然な点がないことを確認する。(他の従業員・役員と比較して不自然に経費支出が多い者について、不正受給や私的流用を防ぐため、支出の頻度や金額の推移を見たり、裏付け調査を行ったりすることが考えられます。)預金口座からの出金・振り込みを単独で行えないようにする。(通帳と銀行印の管理担当者を分ける、ネットバンキング送金端末とワンタイムパスワード表示端末の管理担当者を分ける、経営者自らが銀行印やワンタイムパスワード表示端末を管理するなどの方法があります。)預金通帳(取引履歴)を小まめに見て、不正・不明な出金がないこと及び帳簿残高と合っていることを確認する。預金通帳などの重要な書類は、原本を定期的に確認する。(経理担当者が横領し、その発覚を防ぐため、内容虚偽の写しを作成して報告することがあります。)経理の担当者・責任者を定期的に交代する。(1名の従業員が長年経理を担当し、かつ、経営者・責任者によるチェックも甘かった結果、経理担当者による横領行為が常態化し、経理担当者の交代・退職を機に発覚するという事例は多いです。)仮払金の有無、内容、残高等を定期的に確認する。(役員や経理責任者などが、経理担当者に仮払金名目で出金するように指示し、これを私的に費消してしまうことがあります。)売掛金(未収金)の残高、未回収の原因等を定期的に確認する。(集金担当者が、実際には顧客から現金で売掛金を回収したのに、未回収のままであると会社に報告し、回収した現金を着服してしまうことがあります。)売上げや返品の頻度、時期、内容、金額やその推移等に不自然な点がないことを定期的に確認する。(営業担当者などが注文のキャンセル、商品の返品などを仮装して、代金を着服してしまうことがあります。)発注・購買プロセスを改善する。(一定額以上の発注・購買について、相見積りを義務化するとともに、会社内の承認制度を厳格化するなどの方法が考えられます。)発注・購買の頻度、時期、内容、金額やその推移、発注・購買した業者と他の業者との価格差等に不自然な点がないことを定期的に確認する。(発注担当者が外部の業者に対して水増し・架空発注をしたり、相場よりも高い値段で購入したりして、会社から当該業者に対して代金を支払わせた後に、当該業者から代金の一部を発注担当者個人や関連会社に戻させるキックバックという手口を使われることがあります。)発注・購買の担当者・確認担当者・責任者を定期的に交代する。以上の不正防止対策を行っていることを従業員・役員に分かりやすく示す。(不正防止対策がしっかりと運用されていることを従業員・役員が認識することが、不正行為の抑止力になります。)身元保証をしてもらう。(身元保証人の責任が問われる可能性があるということ自体が、従業員による不正行為の抑止力になります。)横領などの不正行為による被害が多額になると、会社の経営が立ち行かなくなることすらあります。経営者は、従業員・役員による不正行為を予防する管理体制を構築することが重要な経営課題であるということを認識してください。どのような対策が効果的かは、会社の規模や業種などによって異なりますが、下線を引いた1、5、6、8~11及び18は、どのような会社でも実践すべき対策だと思います。4. 会社の管理体制が杜撰な場合 ~ 従業員としての考え方 従業員側も、自分や同僚がお金の誘惑に負けやすい存在であることを自覚し、会社のお金に自分が手を付けないようにし、また、同僚に手を付けさせないようにしなければなりません。特に、金銭問題等で困り、精神的に疲弊すると、人は正常な判断をすることができなくなります。冷静に考えれば、他の手段(親族等からの援助、生活保護、破産など)でも解決できるのに、横領、自殺などの、本来であればしないようなことをしてしまいます。では、勤務している会社の管理体制が杜撰な場合、どうすれば良いでしょうか?(1) 自分が不正行為に手を染めないために 会社の管理体制が杜撰な場合、不正行為をすれば、簡単に、会社の現金などを自分の懐に入れることができるでしょう。そのお金で、借金の支払をしたり、欲しかった物が買えたり、遊びに行ったりすることができるかもしれません。少額のお金を1回横領するだけであれば、発覚しないかもしれません。しかし、お金の誘惑に負けて、一度、横領などの不正行為をした人は、次に欲しくなったときに、「悪いことは、一度やるも、二度やるも一緒」、「次も見付からないだろう」などと都合良く考えて、再び、お金の誘惑に負けてしまいがちです。通常は、不正行為を繰り返すうちに、不正行為への抵抗感が薄れ、1回の金額が大きくなったり、頻度が上がったりしていきます。管理が杜撰な会社であっても、不正行為は、帳簿などとの整合性がとれなくなったり、担当者の交代があったりして、いずれは発覚します。会社が受ける税務調査をきっかけに発覚することもあります。不正行為の発覚後は、会社を解雇され、再就職は難しくなります。私生活(家族・友人・知人との関係、家族の友人・知人との関係など)にも大きな影響を及ぼします。当然のことながら、会社に与えた損害の全額を賠償しなければなりません。不正行為により会社に与えた損害が大きく、損害の全額を賠償できない場合は、刑事責任も問われることになるでしょう。あなたが不正行為をして、会社に損害を会えた場合、あなたやあなたの家族が最終的に失うものはとても大きいと言えます。不正行為に手を染めないようにしてください。(2) 同僚の不正行為を防止するために 勤務している会社の管理体制が杜撰な場合、同僚の不正行為を防止するため、会社の管理体制を改善し、又は会社に対して管理体制の改善を申し入れてください。同僚による不正行為が発覚した場合(特に、あなたの関与が疑われた場合)、今後、あなたが気持ちよく働き続けることは難しくなります。同僚の不正行為を防止することは、あなたの職場の働きやすさを維持することになります。また、管理体制が杜撰な中で誰かが不正行為をし、会社の現金などがなくなった場合に、会社によっては、経営者や経理部門の責任者が、自分の管理不足を棚に上げて、あなたに責任を転嫁し、会社の損害の塡補を要求してきます。(このような要求は理不尽・不合理であり、あなたが要求に応じる法的理由は全くありません。しかし、私が知る限りでも、会社側が、不正行為で利益を得ていない従業員に損害の塡補を求めた事例は複数存在します。)同僚の不正行為を防止することは、あなた自身を守ることにもつながります。2023年4月10日