1. 退職代行とは 従業員 (労働者) に代わって、会社等 (使用者) に対して退職する意思を伝えるサービスのことを「退職代行」といいます。退職に伴う簡単な事務手続などを行う場合もあります。退職代行は、どのような場合に利用すると良いのでしょうか?2. 退職に関するルール 退職代行を利用する必要性について検討するためには、その前提として、退職に関するルールを理解する必要があります。退職に関するルールは、雇用契約 (労働契約) に契約期間の定めがある場合と契約期間の定めがない場合で異なります。(1) 契約期間の定めがある場合 雇用契約に契約期間の定めがある場合、労働者は、原則として、会社の同意を得られない限り、契約期間の途中で退職することはできません。(※1)(2) 契約期間の定めがない場合 雇用契約に契約期間の定めがない場合、労働者は、いつでも解約の申入れをすることができます。この場合、雇用は、解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了します。(民法第627条1項)もっとも、就業規則等に1か月程度の解約予告期間を定める規定がある場合は、就業規則等の規定が適用されると考えておいた方が無難です。(※2)※1 例外は次の3つです。① 雇用契約や就業規則に契約期間中の退職に関する規定がある場合、労働者は、当該規定に基づいて退職することができます。② やむを得ない事由があるとき、労働者は、民法第628条本文に基づき、直ちに雇用契約を解除して、退職することができます。③ 当面の間、契約期間が1年を超える雇用契約を締結した労働者は、雇用開始から1年経過後、労働基準法附則第137条に基づき、使用者に申し出ることにより、いつでも退職することができます。※2 2週間を超える解約予告期間を定めた就業規則等の規定の有効性につき、無効説と有効説が対立しています。無効説は、2週間を超える退職予告期間を定める規定は無効とする考え方です (厚生労働省HP「労働条件に関する総合情報サイト 確かめよう労働条件」中の「7-1 「辞職」に関する具体的な裁判例の骨子と基本的な方向性」の①(3)など)。これに対し、有効説は、2週間を超える退職予告期間を定める規定も、退職予告期間を極端に長く定めるものでない限り、原則有効とする考え方です (厚生労働省大阪労働局HP「よくあるご質問(退職・解雇・雇止め)」のA1.など)。無効説が有力ですが、労働者が無効説を採ることには一定のリスクがあるため、これを踏まえて退職日を決定する必要があります。3. 退職代行サービスの利用は必要か? 以下では、退職代行が問題となりやすい、雇用契約に契約期間が定められていない場合の退職に関して説明します。(1) 解約申入れと雇用契約の終了 雇用契約に契約期間の定めがない場合、退職は、法律的には難しい話ではありません。上記2.(2)のとおり、労働者は、解約の申入れをすれば、会社の同意が得られなかったとしても、民法第627条1項 (又は就業規則) に定められた期間の経過後に退職することができます。(2) 退職代行サービスを使わずに円満退社するのが望ましいこと 民法第627条1項の適用を前提とすると、解約申入日の翌日を1日目として14日が経過すると雇用契約は終了します。解約申入日を含めた15日間の所定労働日数分の有給休暇日数が残っている場合、労働者は、有給休暇を申請することで、理屈上は、会社に行かず、引継ぎもしないまま退職できることになります。多くの退職代行サービスやその利用者が想定しているのは、このような状況なのではないでしょうか。しかしながら、退職代行を利用して退職の意思を伝え、引継ぎ等を一切しないまま退職すると会社との間でトラブルが起きるかもしれません。雇用契約・就業規則上の義務違反となって会社に損害が発生するような場合であれば、会社から損害賠償請求を受けるリスクすらあります。これらのリスクを考えると、まずは、退職代行サービスを利用せずに、ご自身で退職届を提出して退職の意思を伝え、円満に退職することを考えるべきでしょう。退職日を記載した退職届を提出すると、会社から「退職時期をずらしてもらえないか」、「引継ぎを行ってほしい」などのお願いをされることも考えられます。このような場合は、労働者側で適宜判断することになりますが、無理のない範囲で対応し、最低限の引継ぎぐらいは行って、双方が合意の上で退職するのが望ましいと言えます。繰り返しになりますが、雇用契約に契約期間が定められていない場合の退職は、法律的には難しい話ではありません。料金を支払ってまで退職代行サービスを利用する必要性がある事案は多くないと思います。(3) 退職代行サービスの利用が必要になる場合 会社に退職届を提出しようとしたら、「すぐに辞められたら困る」と言われて退職届を受け取ってもらえなかったり、執拗に引き留められたりする場合があります。パワハラ体質の会社などでは、退職の意思を伝えたら「損害賠償請求をする」などと脅されたり、そもそも退職を言い出しにくい労働環境であったりする場合もあります。ストレス・体調不良等のせいで自分から退職を切り出せる精神状態にないという場合もあるでしょう。このような事情から、どうしても会社を辞めることができないという場合には、退職代行サービスを利用する必要が生じます。退職代行サービスは、労働者に代わって、会社に対し、一方的に退職する意思を伝えてくれます。雇用契約に契約期間が定められていない場合、労働者は、退職代行サービスを利用して退職の意思を伝えることにより、民法 (又は就業規則) に定められた期間の経過後に退職することができます。4. 退職代行サービス事業者の種類 退職代行サービスを提供する事業者は、(1)弁護士、(2)ユニオン、(3)一般の退職代行事業者の3つです。(1) 弁護士 弁護士は、労働者との間の委任契約に基づき、労働者の代理人として、会社に対して内容証明郵便を送って退職の意思を伝えることができます。必要に応じて、未払賃金の精算、私物の引取り、離職票等の受領、貸与品の返還、有給休暇の処理や引継ぎに関する交渉などを行うこともできます。内容証明郵便を送るだけで済むような事案であれば、街中にある法律事務所の多くは、数万円程度の内容証明郵便の作成手数料だけで退職代行サービスを提供してくれると思います。(例えば、当事務所の料金は、原則として、書類作成料3万円 (税込み)+郵便料金実費2,000円程度です。)一般の退職代行業者が適法に行うことができる範囲の内容だけであれば、弁護士と一般の退職代行業者の料金は大きく違わないでしょう。また、弁護士は、労働者から説明を聞くなどして時間外割増賃金 (残業代) や退職金などの請求が可能かを検討し、必要があれば、労働者から別途依頼を受けて、会社に対して時間外割増賃金や退職金を請求する交渉や裁判を行うこともできます。さらに、会社から「損害賠償請求をする」などと言われている場合には、その請求を断念してもらうように交渉をすることもできます。(2) ユニオン 退職代行ユニオンは、合同労働組合 (特定企業への所属を条件とせず、労働者が個人で加入することができる組合) の一種です。労働者は、退職代行ユニオンに加入し、退職代行ユニオンを通じて、退職の意思を表示することになります。退職代行ユニオンは、団体交渉権を持つ労働組合であるため、退職日の調整、未払賃金の請求などを含め、会社側との交渉ができます。利用料金は、2万~3万円程度が一般的なようです。利用料金とは別に、労働組合費などがかかる場合があります。(3) 一般の退職代行業者 一般の退職代行業者 (民間企業、行政書士等) も、本人から依頼を受けて退職代行業務を行っています。一般の退職代行業者は、「使者」として、本人の意思を伝達し、また、付随的な連絡をすることができます。しかし、未払賃金の精算、有給休暇の処理や引継ぎを含む退職条件の交渉など、退職に伴って必要となる会社側との調整・交渉を行うことはできません。5. 退職代行サービス事業者の選び方 ~ 労働者の立場から なかなか会社を辞めることができず、退職代行サービスを利用しなければならないという場合、労働者は、利用料金の他にも、以下の点を踏まえて利用する退職代行サービス事業者を選んだ方が良いでしょう。(1) 事業者の確かさ インターネットで退職代行サービスを提供する事業者のホームページを幾つも見てみたのですが、以下のような問題があるホームページが散見されました。事業者の名称、所在地、その他連絡先が分かりやすく記載されていないもの事業者がユニオンであるとしているのに、その詳細な情報が書かれていないものユニオンが退職代行をするとしているのに、事業者名や料金の振込先がユニオンではないもの特定商取引法に基づく表記や個人情報保護方針の掲載が見当たらないなど、各種法令に違反している可能性のあるものしたがって、退職代行サービスを利用する際、労働者は、事業者が適法かつ適切に退職代行サービスを行っていることを確認してから依頼する必要があるように思います。もっとも、私が「退職代行 沖縄」などの単語でインターネット検索をして調べた限り、沖縄県内に事務所等があることが確認できるユニオンや一般の退職代行業者は見当たりませんでした。沖縄県内在住の方が県外のユニオンや一般の退職代行業者の確かさを確認することは現実的には難しいと思われます。(2) 依頼できる業務の範囲 一般の退職代行業者は、弁護士やユニオンよりも利用料金が少し安いようです。しかし、一般の退職代行業者ができるのは、退職の意思や退職条件に関する希望を伝達することだけです。一般の退職代行業者は、法律上、退職条件に関する交渉などを行うことができません。会社側の認識や対応次第では、円満・円滑に退職できなかったり(※3)、労働者本人に直接連絡がきたりするなど、労働者にとって面倒な事態が生じる可能性があります。一般の退職代行業者を利用する場合には、このデメリットを理解した上で利用すべきでしょうし、このデメリットを補うほどに、弁護士やユニオンよりも利用料金が安いと言えるのかも検討した方が良いでしょう。※3 東京地方裁判所令和元年(ワ)第20335号(令和2年2月3日判決)の事案において、Aさんは、退職コンサルタントB社に退職に必要な連絡の代行を依頼し、B社は、Aさんに代わってAさんが働いていた有限会社C社に退職の意思を伝達しました。しかしながら、C社がAさんとの契約関係は雇用ではなく業務委託であるとの認識を示したため、B社は、直ちに連絡代行業務を中止しています。Aさんは、その後、弁護士に退職交渉を依頼して、C社を退職しています。6. 退職代行サービス事業者からの通知への対応 ~ 使用者の立場から 従業員 (労働者) の退職意思を伝える通知を退職代行サービス事業者から受け取った場合、会社 (使用者) は、どのように対応すべきでしょうか?通知を受け取ったら、使用者は、まず、「労働者本人の意思なのかどうか」、「退職代行サービスの事業者は、どこまでの業務を行う権限を持っているのか」といったことを確認すべきです。特に一般の退職代行業者からの通知で、委任状等の書類が不十分で、労働者本人の意思や委任された権限の内容を確認できない場合は、「労働者本人が実際に退職を希望していることの裏づけが取れない限り、適法な退職の意思表示があると認めることはできない」と伝えた上で、書類の補充・追完を求めるべきでしょう。また、一般の退職代行業者には交渉権限がありません。したがって、一般の退職代行業者を通じて時間外割増賃金 (残業代) や退職金の支払請求があった場合、会社としては、ひとまず「労働者本人からの申出でなければ応じられない」と伝えるしかありません。もし、会社として支払うべきものがあるのであれば、会社の顧問弁護士などと相談した上で、労働者本人に直接連絡するなどの対応を取った方が良いでしょう。2023年4月21日