1. 相続土地国庫帰属制度とは 相続土地国庫帰属制度は、相続等により土地の所有権を取得した者が、国庫に帰属させることにより、その土地を手放すための制度です。国庫帰属させるためには、申請をして、法務大臣の承認を受ける必要があります。(詳細は、別コラム「相続土地国庫帰属と不動産登記制度改正 ~ 所有者不明土地」の2.をご参照ください。)2. 相続土地国庫帰属承認申請の実例 私は、依頼を受けて、2023年6月に相続土地国庫帰属の承認申請をしました。相続土地国庫帰属制度は、2023年4月27日から開始したばかりの制度です。実務上の運用が定まるのはこれからで、承認申請の実例の1つとして有用であると思われるため、その内容等を紹介いたします。(申請直後で承認されるかどうかは分かりませんが、依頼者の了承を得て、本コラムの執筆及び公開をしています。)(1) 土地の概要 所在山梨県南都留郡鳴沢村登記地目山林課税地目宅地不動産登記情報(2) 承認申請に至る経緯 Aさんは、昭和40年代に親族のBさんと共同で(持分2分の1ずつ)、別荘地として、山梨県南都留郡鳴沢村の土地(以下「申請対象地」といいます。)を購入しました。Aさんは、申請対象地を有効活用できないまま、長年、鳴沢村に対して固定資産税を、別荘地の管理組合に対して管理費用を支払ってきました。Bさんが平成24年に死亡してCさんが持分2分の1を相続し、次いでCさんが令和4年に死亡してAさんが持分2分の1を相続したことにより、Aさんは、申請対象地を単独で所有しています。(※1)Aさんは、申請対象地を売却できず、無償であれば譲り受けたいという人ですら見付けられませんでした。自治体等が寄附を受け付けてくれそうな見込みもありません。申請対象地は、需要がなく、固定資産税などの金銭的負担がかかるだけの典型的な「負」動産だと言えます。そこで、Aさんは、相続土地国庫帰属制度を利用して、申請対象地を手放すことを希望しました。(※2)※1 相続放棄をしてCさんの持分2分の1を相続することを免れることもできましたが、Aさんは、既に持分2分の1を持っていたこと及びCさんに他に財産があったことから、相続放棄をしませんでした。※2 今回のケースにおいて、Aさんは相続登記(上記(1)の登記情報中の甲区3番の持分全部移転登記)をした上で、相続土地国庫帰属制度の承認申請をしていますが、他の共同相続人と共同で承認申請をするのであれば、相続登記なしで承認申請をすることもできるようです。(3) 承認申請上の問題点 相続土地国庫帰属の承認申請を検討するに当たっては、次のような点が問題となりました。(以下、相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律のことを「法」、同法律施行令のことを「政令」、同法律施行規則のことを「法務省令」といいます。)所在申請対象地は、所有者であるAさんの住所地から遠く離れています。Aさんは、何十年も現地を訪れておらず、申請対象地が実際にどこにあるのかをよく覚えていませんでした。現況土地の現況(崖、樹木、不法投棄物の有無など)が不明でした。(法第5条第1項第1号及び第2号関係)境界・境界点土地の境界がどうなっているのか、境界点を特定できるのかが不明でした。(法第2条第3項第5号、法第5条第1項第4号、法第3条第1項、法務省令第3条第6号関係)別荘地の管理費用所有者であるAさんは別荘地の管理組合に対して管理費用を支払っており、この負担の扱いがどうなるかが分かりませんでした。(法第5条第1項第4号及び第5号、政令第4条第2項第2号及び第3項第4号関係)(4) 解決策 上記(3)の各問題点は、それぞれ以下のとおり調査・対応して、解決しました。所在登記情報サービスで取得した公図(地図に準ずる図面)とGoogleマップを重ね合わせることで、申請対象地の大凡の位置が判明しました。Googleマップ上、申請対象地は森の中にあるように見えたものの、少し離れた所に建物や道路があることが確認できたため、ある程度近くまでは車で行けそうであるということが判明しました。現況大凡の位置が判明したので、山梨県内の業者に申請対象地の現地調査を依頼して、写真を撮影してもらいました。現況は雑木林で、申請対象地内に擁壁と斜面があるものの、通常の管理又は処分に問題が生じるような土地には当たらなそうであることが判明しました。境界・境界点現地調査により、申請対象地の近隣に石杭(境界の位置を表すための境界標の一種)があることは分かったのですが、申請対象地と隣接する土地の境界を示す境界標は見当たらず、隣接する土地との間の境界線や境界点がどこにあるのかが分かりませんでした。しかし、承認申請をするに当たっては、承認申請書に「承認申請に係る土地と当該土地に隣接する土地との境界点を明らかにする写真」を添付する必要があります(法務省令第3条第6号)。そのため、何らかの方法で境界点を特定する必要があるのですが、正式な測量を行って境界点を特定するとなると費用が高額となってしまいます。そこで、業者に依頼して、法務局で取得した地積測量図を元に、上記石杭を基準に巻尺で大雑把に計測し、申請対象地と隣接する土地との境界点付近にプラスチック杭を打設してもらいました。その際は、境界トラブルの発生を避けるため、①事前に、隣接する土地の所有者に連絡をしてプラスチック杭を打設することについて了承を得た上で、②プラスチック杭に「仮杭」であることを明記したシールを貼り、かつ、③プラスチック杭は、境界点と思われる位置ではなく、それよりも申請対象地のやや内側になるように打設してもらいました。(下記(5)参照)この結果、「承認申請に係る土地と当該土地に隣接する土地との境界点を明らかにする写真」を作成するための費用を、正式な測量を行う場合の5分の1程度に抑えることができました。別荘地の管理費用法第5条第1項の柱書には「法務大臣は、承認申請に係る土地が次の各号のいずれにも該当しないと認めるときは、その土地の所有権の国庫への帰属についての承認をしなければならない。」、第4号には「隣接する土地の所有者その他の者との争訟によらなければ通常の管理又は処分をすることができない土地として政令で定めるもの」と定められています。これを受けて、政令第4条第2項第1号には「民法第210条第1項に規定する他の土地に囲まれて公道に通じない土地又は同条第2項に規定する事情のある土地であって、現に同条の規定による通行が妨げられているもの」、第2号には「前号に掲げるもののほか、所有権に基づく使用又は収益が現に妨害されている土地(その程度が軽微で土地の通常の管理又は処分を阻害しないと認められるものを除く。)」と定められています。他方、承認申請書の書式(※3)の「承認申請に係る土地の状況について」という別紙チェックシートには、「【別荘地の場合】別荘地管理組合等から管理費用が請求されるなどのトラブルが発生する土地ではありません。(法第5条第1項第4号)」というチェック項目があります。この点、法務省HP「相続土地国庫帰属制度において引き取ることができない土地の要件」は、政令第4条第2項第2号に関し、①申請地に不法占拠者がいる場合、②隣地から生活排水等が定期的に流入し続けており土地の使用に支障が生じている場合、③別荘地管理組合から国庫帰属後に管理費用を請求されるなどのトラブルが発生する可能性が高い場合、④立木を第三者に販売する契約を締結している場合などが想定される具体例であると説明しています。チェックシートの下線部分と法務省HPの③の下線部分の文言は同一ではありません。詳細な解釈論はここでは述べませんが、チェックシートの下線部分には、別荘地の管理費用につき、承認申請に係る土地の個別具体的事情と関係無しに、法及び政令の下線部分の解釈のみから導き出すことが困難なことが書かれているように思います。国庫帰属の要件は、法及び政令の下線部分のとおりです。法第2条第3項各号の却下要件に該当する土地以外の土地について承認申請があった場合、法第5条第1項各号の不承認要件に該当しないとき、法務大臣は、国庫への帰属についての承認をしなければなりません。(※4)申請対象地について、登記情報、公図、現地調査時の写真及び報告内容、管理組合の管理規程、規約等を具体的に検討したところ、所有権に基づく使用又は収益が現に妨害されていると考えられる事情は特に見当たらないため、法第5条第1項第4号及び政令第4条第2項第2号の不承認要件には該当しないと判断することができました。法第5条第1項第5号及び政令第4条第3項第4号の不承認要件との関係では、国庫帰属後に、国が管理組合等に対して管理費用を負担することになるとは考えられないため、この点も問題にならないことが分かりました。また、国庫帰属後に、Aさんが、引き続き、管理組合に対して申請対象地の管理費用を支払う義務を負うと解釈する余地もないことも分かりました。※3 申請書の記載例や様式は、法務省HP「相続土地国庫帰属制度の概要」から取得できます。※4 法第5条第1項柱書の規定は、行政行為に裁量を認めていません。法令の要件を充足する限り、行政庁(法務大臣)は、法に基づく行政処分(土地所有権国庫帰属承認処分)をしなければなりません。行政法学においては、このような行政行為・行政処分のことを「羈束(きそく)行為」・「羈束処分」と呼びます。(5) 「隣接する土地との境界点を明らかにする写真」の実例 相続土地国庫帰属の承認申請に当たって、最も手間が掛かるのは、「承認申請に係る土地と当該土地に隣接する土地との境界点を明らかにする写真」を撮影することだと思われます。承認申請を検討するような土地は、アクセスが悪い場所(沖縄で言えば、山間部や離島など)にあって、正確な所在や境界が分からないような土地がほとんどのはずだからです。参考として、私が、法務局の担当者(表示登記専門官)と電話で事前協議をした上で作成し、承認申請書に添付して提出した「承認申請に係る土地と当該土地に隣接する土地との境界点を明らかにする写真」をご紹介いたします。(実際に法務局に提出した写真にはマスキング処理をしていませんが、公開に当たってマスキング処理をしています。) (1頁目) (2頁目) (3頁目)3. 承認申請後 (1) 法務局担当者からの説明 法務局に承認申請書と添付書類一式を郵送提出したところ、担当者(表示登記専門官)から、書類上の不備はないので受付をした旨の電話連絡を頂きました。その際、今後の手続の流れは次のとおりになるとの説明を受けました。書面調査法務局において書面調査を行います。隣接する土地の所有者に対しては、受付から1か月程度で承認申請書の添付書類等を送付し、境界点の確認をしてもらう予定です。実地調査書面調査で特に問題がない場合、受付から2~3か月程度で、実地調査を行う予定です。標準処理期間受付から審査結果(承認、不承認又は却下の行政処分)が出るまでの標準処理期間は、8か月です。(2) 受付証 法務局から送られてきた受付証は、次のとおりです。2023年6月5日に受付された今回の承認申請は、4月27日の制度開始から、甲府地方法務局にとって(=山梨県内全域で)、6件目の承認申請であることが分かります。2023年6月21日