1. 境界の確認方法 相続等によって一定の要件を満たす土地の所有権を取得した人は、相続土地国庫帰属制度を利用して、その土地を国庫に帰属させて手放すことができます。(詳細は、別コラム「相続土地国庫帰属と不動産登記制度改正 ~ 所有者不明土地」の2.をご参照ください。)相続土地国庫帰属制度においては、以下の手順で、国庫帰属の承認申請がされた土地の境界の確認が行われます。(1) 承認申請者による承認申請 「境界が明らかでない土地その他の所有権の存否、帰属又は範囲について争いがある土地」は、相続土地国庫帰属制度によって国庫に帰属させることができません。(相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律第2条第3項第5号、※1)承認申請をする者は、承認申請書に「承認申請に係る土地と当該土地に隣接する土地との境界点を明らかにする写真」(以下「境界点を明らかにする写真」といいます。)を添付しなければならないとされています。(同法律第3条1項、同法律施行規則第3条第6号。「境界点を明らかにする写真」の具体例は、別コラム「相続土地国庫帰属承認申請の実例 ~ 相続した「負」動産の処分」の2.(5)をご参照ください。)※1 「境界」には、①登記された一筆の土地と隣接する他の土地との間の線を示す「筆界」(公法上の境界、不動産登記法第123条第1号)と②所有権が及ぶ範囲を示す「所有権界」(私法上の境界)の2種類あります。相続土地国庫帰属承認申請に当たって明らかにする必要があるのは、所有権界です。(2) 隣接地所有者への通知 法務局長は、承認申請に係る土地に隣接する土地の所有権の登記名義人等に対し、承認申請があった旨を記載した通知書を送付します(同法律施行規則第13条)。通知書の実例は、次のとおりです。(3) 隣接地所有者による回答 上記(2)の通知書には、法務局が承認申請のあった土地の範囲の調査を行うため、「境界点を明らかにする写真」などの写しが添付され、以下の回答書と返信用封筒が同封されています。(同法律第6条1項及び2項)2. 境界の確認方法に関する私見 (1) 経済的価値・需要 国庫帰属承認申請が行われるような土地は、経済的価値が低く、また、アクセスが悪い場所にあって、無償で譲り受ける人すら見付からない(=需要がない)ことがほとんどのはずです。隣接地所有者に境界の現況の確認を求める意義がある程度に経済的な価値がある土地について国庫帰属承認申請がされることは、通常はないと思われます。(2) 隣地所有者の立場から ① 境界の現況を知らない場合が多いと思われること国庫帰属承認申請が行われるような土地は、隣接地の所有者も、隣接地やその近隣に居住していないことがほとんどで、承認申請のあった土地と隣接地との境界の現況を正確に把握していないことの方が多いと思われます。(※2)法務局から「境界点を明らかにする写真」が送られてきても、「境界の現況は知らない」としか言えない隣接地所有者の方が多いのではないでしょうか。※2 私が関与した別コラム「相続土地国庫帰属承認申請の実例 ~ 相続した「負」動産の処分」の1.(2)の事案でも、国庫帰属承認申請の対象となったAさん所有地の隣接地の所有者2名は、別の地域に居住しており、何十年も現地に行ったことがないとのことでした。なお、需要面に関しても、私から「無償で、もらっていただけませんでしょうか?」とお尋ねしたところ、いずれの方も「欲しくないです。できれば、私が所有している土地も国庫帰属させたいです。」とのご回答でした。② 回答期限が短すぎること上記1.(2)の通知書は、令和5年8月1日付けです。通知書には、承認申請のあった土地と隣接地との「境界の認識に相違がないかを確認したいので、別紙に境界に関する認識をご記入いただき、同封の返信用封筒で返送いただきますようお願いします(期限内に回答がない場合や、具体的な理由がない場合には、異議がないものとして標記申請の処理手続を進めることになります。)。」と記載されており、回答期限は、通知書の作成日付から2週間後の「令和5年8月15日」となっています。普通郵便の配達が遅くなっていて法務局との間の郵便の往復だけでも1週間前後は必要であり(別コラム「隔地者間の意思表示と郵便事情」の2.(1)参照)、隣地所有者が回答の準備をするための期間は、実質的には1週間程度しかありません。異議がある場合には具体的な理由を述べることが求められていますが、隣地所有者が、現地にて境界を確認・調査して具体的な理由を書いた書面を作成するのに1週間は短すぎます。弁護士、土地家屋調査士などの専門家の知り合いがいない方の場合、専門家に予約した上で相談をするまでにその1週間が経過してしまうのではないでしょうか。したがって、仮に、隣接地所有者に対して境界の現況の確認を求める意義があるような土地であったとしても、通知書に記載されたとおり、隣接地所有者が回答期限内に具体的な理由を付して回答をしない場合には法務局が異議がないものとして扱うのであれば、短い回答期限内に回答を求める方法によって承認申請のあった土地の範囲を確認する調査を行う実質的な意味があると言えるのかは疑問です。(3) 承認申請者の立場から 上述のとおり、国庫帰属承認申請が行われる土地は、アクセスが悪い場所にあり、承認申請者や隣接地所有者が正確な所在や境界を把握していないことの方が多いと思われます。このような土地について、承認申請者が、現地にて承認申請をする土地と隣接地との境界点を探し、「境界点を明らかにする写真」を撮影することには、かなりの手間が掛かります。法務局が隣地所有者に対して実質的な意味がある方法で確認をしないのであれば、承認申請者が、承認申請時に「境界点を明らかにする写真」を添付する意味もないように思います。(4) どうするべきか? 相続土地国庫帰属制度において、境界の確認はどのように行うのが良いのでしょうか。ここでは、法務局に備え付けられている土地の図面が「地図」か、「地図に準ずる図面」かで場合分けして検討したいと思います。① 「地図」(14条地図)のある土地「地図」(14条地図)は、不動産登記法第14条第1項に規定されている図面で、土地の区画を明確にし、地番を表示するものです。(※3)14条地図は、土地の面積、距離、形状及び位置についての正確性が高く、また、何らかの事情により土地の境界が分からなくなってしまったとしても、この図面に基づいて現地で境界を復元することができます。(このことを、「現地復元性がある」といいます。)14条地図が作成されている地域の場合は、通常、地籍調査等により、土地の区画を示す「筆界」が定められ、かつ、「筆界」と所有権が及ぶ範囲を示す「所有権界」が一致しています。(※4)筆界と所有権界が一致しないのは、地籍調査等における測量・作図に過誤があった場合や、地籍調査等の後に土地の一部について所有権移転の合意や時効取得があって所有権界が変動したものの、筆界がそのままにされた場合などに限られます。したがって、隣地所有者に対して承認申請のあった土地の範囲を確認するのであれば、「14条地図上の筆界と所有権界が一致しないとする事情(土地の一部の所有権移転の合意や時効取得など)が存在するか」(あるいは、端的に「境界争いがあるか」)を尋ねれば足り、「境界点を明らかにする写真」を見てもらう必要性は高くないと言えます。※3 14条地図は、①国土調査法に基づく地籍調査により作成された地籍図、②土地改良法、土地区画整理法等に基づき作成された土地の所在図、又は③法務局等が作成した地図から作成されます。※4 地籍調査は、1951年に制定された国土調査法に基づいて、主に市町村が実施している調査です。(沖縄の場合は、1957年に制定された土地調査法に基づいて、琉球政府が地籍調査を実施しており、本土復帰の際に、この成果が引き継がれて、現在は、沖縄県が国土調査法に基づく地籍調査を実施しています。)地籍調査では、土地一筆ごとに、所有者、地番、地目及び境界の位置を確認し、境界と面積を測量します。土地の所有者が現地立会に協力しない、境界について争いがある等の事情から、地籍調査の際に境界を確認できず、筆界が未定のまま処理された土地(筆界未定地)も存在します。逆に言えば、筆界が定まっている土地は、地籍調査の時点で、隣地との間に境界争いがなかった土地であると言えます。② 「地図に準ずる図面」(公図)しかない土地「地図に準ずる図面」(いわゆる「公図」)は、14条地図が備え付けられるまでの間、これに代わるものとして法務局に備え付けられている図面で、土地ごとに土地の位置、形状及び地番を表示するものです。(不動産登記法第14条第4項及び第5項)公図は、一見きれいに測量・作図されたもののように見えますが、その多くは、明治初期に政府が税金を徴収するために実施した地租改正事業の際に作成された図面が基になっていると言われています。測量技術の未熟さや面積の過小測量(いわゆる「縄伸び」)といった問題から、この時代に作成された図面を基にした公図は、正確さに欠け、境界や面積が現況と大きく異なる場合があります。(※5)地籍調査は、開始から70年以上経過していますが、2022年度末時点でも対象面積に対する進捗率は約52%(うち人口集中地区(都市部)の進捗率は27%、林地(山村部)の進捗率は46%)に止まっていて、法務局に備え付けられている図面約722万枚の約43.6%(約315万枚)は公図のままです。(国土交通省HP「全国の地籍調査の実施状況」、総務省HP「地籍整備の推進に関する政策評価 政策評価書」の第3の8項「法務局・地方法務局との連携状況」)地籍調査が進まない要因は様々にありますが、都市部では、売買等に伴う所有権の移転が多かったり、土地の資産価値が高かったりすることも要因となっています。「地図に準ずる図面」(公図)しかない都市部の土地は、土地の資産価値や流動性が高く、国庫帰属承認申請をする人はほとんどいないと考えられることから、相続土地国庫帰属制度における境界の確認方法を検討するに当たって考慮をする必要性は低いと言えます。これに対し、山村部で地籍調査が進まない要因には、調査の優先度が高くならなかったり、調査が困難であったり、土地所有者等の高齢化や不在村化が進行していたりすることが挙げられます。(国土交通省HP「地籍調査が進まない要因」)この背景には、山村部の土地の資産価値・利用価値の低さ、流動性の低さ、需要のなさがあるため、「地図に準ずる図面」(公図)しかない山村部の土地の所有権の範囲に争いがある可能性は低いと言えるでしょう。したがって、隣地所有者に対して承認申請のあった山村部の土地の範囲を確認するにしても、「境界争いがあるか」を尋ねれば十分で、「境界点を明らかにする写真」を見てもらう必要性が高いとは言えなさそうです。相続土地国庫帰属制度は、相続等により取得した不要な土地の所有権を国庫に帰属させることによって所有者不明土地の発生の抑制を図ることを目的とした制度です。(別コラム「相続土地国庫帰属と不動産登記制度改正 ~ 所有者不明土地」の1.ご参照)資産価値や流動性の低い山村部の土地は、所有者不明土地になりやすい土地です。このような土地の国庫帰属を進めることは制度目的そのものと言えることからすれば、山村部の土地にまで、承認申請の障害になってしまうような「境界点を明らかにする写真」の添付を一律に求めるべきではないように思います。※5 土地改良事業や土地区画整理事業の際に作成された比較的新しく、精度が高い図面であっても、現地復元性などの要件を満たしていないために「地図に準ずる図面」とされている場合があります。例えば、私は、1989(平成元)年頃に測量・作成された土地区画整理所在図が基になっている「地図に準ずる図面」を見たことがあります。③ まとめ以上から、私は、14条地図のある地域の土地、近年測量された図面が公図の基となっている地域の土地、並びに都市部以外の農用地及び林地については、国庫帰属承認申請時に「境界点を明らかにする写真」の添付を求めるべきではないと考えています。加えて、上記1.(2)の通知の際に、法務局が隣地所有者に対して土地の範囲の調査を同時に行うのであれば、「境界点を明らかにする写真」を送付して境界の認識を尋ねるのではなく、14条地図、公図、航空写真等を送付して境界争いの有無等について回答を求める方が制度目的に沿っていると感じます。隣接地所有者には境界等を確認・調査して回答をするために必要な期間(最低2か月)を与え、隣接地所有者から、申請のあった土地の所有権の存否、帰属又は範囲等についての認識に相違があると言えそうな事情の説明等があった場合には、その時点で、承認申請者に対して「境界点を明らかにする写真」の提出を求めれば足りるのではないでしょうか。2023年8月31日