1. 特別寄与料制度の意義 (1) 「嫁」の貢献と遺産分割の実務 妻Aが夫Bの父(義父)Cのことを自宅で長年献身的に介護し、その後に義父Cが死亡した場合でも、妻Aは、相続人として義父Cの遺産を取得することができません。このような場合でも、Aの被相続人Cに対する貢献を相続人Bの貢献(特別の寄与)と同視できるときは、遺産分割の際に、AをBの履行補助者又は代行者と扱って、Aの貢献に相当する寄与分の額を加算してBの具体的相続分の額を算定するということが実務上行われてきました。(別コラム「具体的相続分(2) ~ 寄与分(令和3年改正民法対応)」の4.(5)の②4.「相続人の配偶者や親による寄与」参照)(2) 特別寄与料制度の創設 しかし、夫Bが義父Cより先に死亡し、かつ、代襲相続人となるBの子(Cの孫)もいないようなときは、上記(1)の実務上の運用によっても、妻Aの貢献を評価することはできません。そこで、立法的な解決が図られることとなり、平成30年の相続法改正時に特別寄与料(特別の寄与)の制度が創設されました。この制度により、相続人ではない被相続人の親族(「特別寄与者」といいます。)は、療養看護などをして被相続人に貢献(特別の寄与)をした場合、相続開始後、相続人に対し、自らの寄与に応じた額の金銭(「特別寄与料」といいます。)の支払を請求することができます。(民法1050条)特別寄与者は、遺産分割の当事者となることなく、遺産分割の手続外で、相続人に対して特別寄与料を請求できるのです。2. 特別寄与料請求の要件 (1) 相続人等以外の親族であること 特別寄与料を請求できるのは、親族(六親等内の血族、三親等内の姻族)です。ただし、相続人、相続放棄をした者、相続人の欠格事由に該当する者及び排除によって相続権を失った者は除きます。親族の要件に該当しない者(内縁の配偶者、同性パートナー、親しい友人等)は、特別寄与料の支払を請求できません。(2) 無償で労務を提供したこと 上記(1)の親族は、被相続人に対し、無償で療養看護その他の労務の提供をした必要があります。被相続人が親族の貢献に報いるために契約や遺言により当該親族に対して利益を与えている場合は、無償性が否定されることから、特別寄与料を請求する要件を充足しなくなります。親族による財産上の給付も、労務の提供に当たらないことから、特別寄与料を請求する要件を充足しません。(相続人による財産上の給付が寄与行為に該当する寄与分の制度とは異なっています。別コラム「具体的相続分(2) ~ 寄与分(令和3年改正民法対応)」の4.(4)の2.「金銭等出資型」参照)(3) 財産が維持又は増加したこと 上記(2)の労務の提供により、被相続人の財産の減少が阻止され又は財産が増加した必要があります。財産上の効果のない援助や協力(例えば、頻繁に見舞いをして励まし、話し相手になったこと等)は、特別寄与料を請求する要件を充足しません。相続開始後に相続財産を維持又は増加させたことに対する貢献も、特別寄与料の制度の対象外です。(4) 報いるのが相当と認められる程度の顕著な貢献であること 特別寄与料の制度においては、被相続人に対する「特別の寄与」と評価されるような、貢献に報いるのが相当と認められる程度の顕著な貢献があったことが必要とされています。この「特別の寄与」という表現は、特別寄与料の制度(民法1050条1項)だけではなく、寄与分の制度(民法904条の2第1項)でも用いられていますが、両者の意味は異なるとされています。寄与分の制度においては、被相続人と相続人の間の身分関係に基づいて通常期待される程度を超える貢献(「通常の寄与」を超える「特別の寄与」)が必要とされています。これに対し、特別寄与料の制度においては、貢献の程度が一定の程度を超えることを要求する趣旨であるとされています(法務省HP内の法制審議会民法(相続関係)部会第23回会議の部会資料23-2「補足説明(要綱案のたたき台(2))」23~24頁)。したがって、特別寄与料の制度における「特別の寄与」は、相続人以外の親族による貢献の程度が一定の程度を超え、有償とするのが相当と認められる程度であれば足り、寄与分の制度における「特別の寄与」と同程度に高度なものまでは要求されていないと考えられます。この点に関しては、静岡家庭裁判所令和3年7月26日審判が、特別寄与料請求をする申立人の関与が「月に数回程度入院先等を訪れて診察や入退院等に立ち会ったり、手続に必要な書類を作成したり、身元引受けをしたりといった程度にとどまり、専従的な療養看護等を行ったものではなく、これをもっても、申立人が、その者の貢献に報いて特別寄与料を認めるのが相当なほどに顕著な貢献をしたとまではいえない。」と判示していることが参考になります。3. 特別寄与料請求の手続 (1) 特別寄与料の額 特別寄与料の額は、特別寄与者と相続人との間の協議によって定めます。協議が調わないとき又は協議をすることができないとき、特別寄与者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求します。家庭裁判所は、寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して、特別寄与料の額を定めます。(民法1050条2項本文、3項)特別寄与料の額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることができません。(民法1050条4項)なお、特別寄与者が特別寄与料を取得した場合、特別寄与料の額に相当する金額を被相続人から遺贈により取得したことになるため、相続税が課されるときがあります。(2) 請求の相手方 相続人が複数いる場合、特別寄与者は、その選択に従い、相続人の1人又は数人に対して特別寄与料の支払を請求することができます。相続人全員を相手方にして請求する必要はありません。相続人が数人ある場合には、各相続人は、特別寄与料の額に自らの相続分を乗じた額を負担します。(民法1050条5項)(3) 期間制限 特別寄与者は、相続の開始及び相続人を知った時から6か月以内又は相続開始の時から1年以内に、家庭裁判所に対し、特別寄与料を請求するための調停又は審判を申し立てる必要があります。(民法1050条2項ただし書)4. 寄与分の制度との関係 特別寄与料の制度が創設されたことにより、相続人以外の者がした貢献を相続人の寄与に含めて評価するこれまでの遺産分割実務上の運用(上記1.(1))が否定されるのかどうかが問題となります。私は、特別寄与料請求の期間制限が厳しすぎること等から、遺産分割の手続において、相続人による貢献と同視できる相続人以外の者による貢献を寄与分として評価する実務上の運用は維持して良いと考えています。(「嫁」を履行補助者又は代行者として扱う解釈は、個人を尊重する民主主義の基本理念に反していると思われますが、実務的な対応としてはやむを得ないでしょう。)5. 司法統計 2022(令和4)年中、遺産分割調停事件の申立ては14,371件ありました。これに対し、特別寄与料請求調停事件の申立ては273件に止まっています。同調停事件の同年中の既済件数225件のうち、調停成立は91件(40.44%)、調停に代わる審判は10件(4.44%)、調停不成立は32件(14.22%)、取下げは82件(36.44%)でした。また、同年中、遺産分割審判事件の申立ては2,316件ありました。これに対し、特別寄与料請求審判事件の申立ては40件に止まっています。同審判事件の同年中の既済件数39件のうち、認容は10件(25.64%)、却下は10件(25.64%)、取下げは7件(17.95%)でした。(令和4年司法統計年報家事編12~15頁)6. 契約や遺言の活用が望ましいこと 上記5.の司法統計からも、特別寄与料の制度の使い勝手が良くないことが見て取れるように思います。相続人に当たらない親族が、報いるのが相当と認められるような程度の貢献をしている場合、被相続人(又は成年後見人)は、その生前に、契約や遺言などを活用して、確実かつ適切にその親族の貢献に報いられるような手当をしておくのが望ましいと言えます。また、親族以外の者(事実婚、同性婚等のパートナーなど)が療養看護などによる貢献をしている場合は、そもそも特別寄与料の制度を使うことができません(上記2.(1))。このような場合、被相続人(又は成年後見人)は、その生前に、契約や遺言などを用いて、その者の貢献に報いられるようにしておくべきです。(法律婚以外のパートナーの貢献については、遺産分割の手続の中で、相続人のパートナーによる相続人の親に対する労務提供を相続人の寄与分として評価することができるかもしれませんが、契約や遺言などでそのパートナーの貢献に報いる方が確実かつ簡単です。)2023年11月7日