1. 相続登記の申請義務化 (1) 背景事情 不動産登記簿だけでは所有者が判明しない土地や所有者の所在が不明で連絡が付かない土地(所有者不明土地といいます。)は、利用や管理が困難であり、民間取引、公共事業や災害復興(※1)の妨げとなっています。所有者不明土地の発生を予防するために不動産登記制度の見直しが行われ、2024年4月1日から相続登記の申請が義務化されています。※1 災害復興に関しては、まちの復興、生活の再建や経済の立て直しなどが行われる復旧・復興期だけでなく、それ以前の応急対応期においても、不動産の所有者が判明しないことによって問題が生じることが明らかになっています。令和6年能登半島地震では、相続登記がされていない倒壊建物について、相続人全員の同意を得られないために公費解体の申請や審査に時間がかかっているとの報道がなされています。(2) 申請義務の内容 相続登記申請義務の内容は、次の2つです。① 基本的義務人(被相続人)が死亡して、相続又は遺贈によって不動産(土地又は建物)を取得した相続人は、不動産の所有権を取得したことを知った日から3年以内に所有権移転登記の申請をすることが義務付けられました。(不動産登記法第76条の2第1項)② 追加的義務遺産分割協議が成立して、これによって不動産を取得した相続人は、遺産分割協議が成立した日から3年以内に、遺産分割の内容を踏まえた所有権移転登記の申請をすることが義務付けられました。(不動産登記法第76条の2第2項、第76条の3第4項)2024年4月1日よりも前に相続した不動産であっても、相続登記がされていないものは、2027年3月31日までに相続登記をする必要があるので、注意が必要です。(3) 申請義務に違反した場合 正当な理由(※2)がないにもかかわらず、相続登記の申請義務に違反した場合、10万円以下の過料(行政上の制裁)を科される可能性があります。(不動産登記法第164条)登記官は、相続登記の申請をすべき義務に違反した者があることを職務上知った場合、当該違反者に対し、相当の期間を定めて相続登記の申請をすべき旨を催告し、正当な理由があると認められる事情がないにもかかわらず、その期間内に申請がされないときは、遅滞なく、管轄地方裁判所に通知しなければならないとされています。(不動産登記規則第187条第1号、※3)※2 令和5年9月12日付け法務省民二第927号通達(「民法等の一部を改正する法律の施行に伴う不動産登記事務の取扱いについて(相続登記等の申請義務化関係)(通達)」)によれば、正当な理由があると認められるのは、相続登記等の申請義務の履行期間内において、次のような事情がある場合とされています。また、これらに該当しない場合でも、個別の事案における具体的な事項に応じ、申請をしないことについて理由があり、その理由に正当性があると認められる場合にも、正当な理由があると認めて差し支えないとされています。相続登記等の申請義務に係る相続について、相続人が極めて多数に上り、かつ、戸籍関係書類等の収集や他の相続人の把握等に多くの時間を要する場合相続登記等の申請義務に係る相続について、遺言の有効性や遺産の範囲等が相続人等の間で争われているために相続不動産の帰属主体が明らかにならない場合相続登記等の申請義務を負う者自身に重病その他これに準ずる事情がある場合相続登記等の申請義務を負う者が配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(平成13年法律第31号)第1条第2項に規定する被害者その他これに準ずる者であり、その生命・心身に危害が及ぶおそれがある状態にあって避難を余儀なくされている場合相続登記等の申請義務を負う者が経済的に困窮しているために、登記の申請を行うために要する費用を負担する能力がない場合※3 上記通達上、登記官は、次のいずれかの事情を端緒として、相続登記の申請義務に違反したと認められる者があることを職務上知ったときに限り、申請の催告を行うとされていることから、実際に過料を科される人はほとんどいないと思われます。相続人が遺言書を添付して遺言内容に基づき特定の不動産の所有権の移転の登記を申請した場合において、当該遺言書に他の不動産の所有権についても当該相続人に遺贈し、又は承継させる旨が記載されていたとき相続人が遺産分割協議書を添付して協議の内容に基づき特定の不動産の所有権の移転の登記を申請した場合において、当該遺産分割協議書に他の不動産の所有権についても当該相続人が取得する旨が記載されていたとき(4) まとめ 相続が発生した場合において、①遺言書があるときは、早めに遺言に基づく相続登記をし、②遺言書がないとき(又は遺言書はあるものの全ての不動産の承継についての遺言がないとき)は、早めに相続人間で遺産分割協議を行って、3年以内に遺産分割に基づく相続登記をするように務めてください。2. 相続人申告登記(1) 意義 もっとも、3年の期限内に遺産分割をすることが困難な場合があります。しかも、相続人が複数いる場合、特定の相続人が単独で相続登記を申請することができません。そこで、簡易に相続登記の申請義務を履行できるようにする仕組みとして、相続人申告登記という制度が新設されることになりました。相続人が、不動産登記簿上の所有者について相続が開始したこと及び自らがその相続人であることを申し出ると、その相続人の氏名、住所等が所有権の登記に付記されます。この申出を上記1.(2)の期間内に行うことで、申出をした相続人は、相続登記申請の基本的義務(上記1.(2)①)を履行したものとみなされます。(不動産登記法第76条の3第1項ないし第3項)相続人申告登記は、相続人が複数いる場合でも、特定の相続人が単独で申し出ることができます。法定相続人の範囲や法定相続分の割合の確定も不要です。(2) 申出手続 相続人申告登記の申出のための手続は簡略化されており、多くの場合は、申出人が登記記録上の所有者の相続人であることが分かる戸籍証明書(戸除籍謄本等)を添付して、登記官(不動産を管轄する法務局)に対して上記1.(2)の期間内に申出書を提出すれば、申出をすることができます。(※4、※5)申出書は、Webブラウザ上(かんたん登記申請)で作成・送信することも可能です。(登記記録上の所有者の子が申出を行う場合の申出書の記載例はこちらです。)特定の相続人が単独で申出をすることができる上、他の相続人の分も含めた代理申出も可能となっています。相続人が自分で手続を行う場合には費用もかかりません。※4 戸籍証明書は、一般的に、①被相続人の死亡日が分かる戸籍証明書(戸除籍謄本等)、②申出人が被相続人の相続人であることが分かる戸籍証明書、③被相続人の死亡日以後に発行された申出人の戸籍証明書が必要になります(1通の戸籍証明書で①~③を満たす場合には、その1通の添付で足ります。)。戸籍証明書等の広域交付制度を利用することで、相続人申告登記に必要な戸籍証明書を揃えられる事例が多いと思われます。(戸籍証明書等の広域交付制度に関しては、別コラム「戸籍証明書等の広域交付制度」をご参照ください。)なお、法定相続情報証明制度を利用している場合には、法定相続情報一覧図の写しを提出するか、法定相続情報番号を申出書に記載することで、戸籍証明書の添付を省略できます。(法定相続情報証明制度に関しては、法務局HP「法定相続情報証明制度の具体的な手続について」をご参照ください。)※5 住民票に記載のある申出人は、申出書に申出人の氏名のふりがな(外国籍の方はローマ字氏名)及び生年月日を記載すれば、住所証明情報として住民票の写しを提出することを省略できます。(3) 注意点 相続人申告登記では、遺産分割に基づく相続登記申請の追加的義務(上記1.(2)②)を履行することはできません。また、相続人申告登記は、不動産の権利関係を公示するものではないことから、相続した不動産を売却したり、抵当権の設定をしたりする場合には、別途、相続登記をする必要があります。2024年4月4日(2024年5月1日一部訂正)