1. 賃貸建物の所有権の移転 売買等に伴って、賃貸借の目的となっている建物の所有権が移転することがあります。このような場合に、建物の賃借人は、建物をそのまま借り続けることができるのでしょうか?以下では、賃借人が、建物所有者との間の賃貸借契約に基づき、賃料を支払って建物を借りているという典型例を前提として説明します。(建物所有者と賃貸人が異なる場合や一時使用の場合などは、以下の説明の対象外です。)2. 建物の賃借権(借家権)の対抗要件 (1) 契約に基づいた権利は第三者に主張できない? 建物の賃借権(「借家権」ともいいます。)は、賃料を支払って建物を利用する賃貸借契約に基づいた権利です。建物の賃借人は、賃貸借契約に基づき、契約の相手方である家主に対して「私は、この建物を利用する正当な権利(=賃借権)を持っています」と主張することができます。しかし、家主が第三者に対して建物を売ってしまった場合、当該第三者(建物の買主・新所有者)は、建物の賃貸借契約を締結した直接の相手方ではありません。建物の賃借人は、賃貸借契約に基づいた権利を主張できなくなってしまいそうです。(2) 賃借権を第三者に主張するための要件(対抗要件) しかし、建物の賃借人は、借地借家法31条に基づき、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、建物の賃貸借の効力を主張できます。(※1、※2)家主と賃貸借契約を締結して建物の利用を開始している場合、その後の売買等に伴って家主が替わったとしても、基本的に、賃借人は、そのまま建物を借り続けることができるのです。建物の賃借人が対抗要件を備えている場合において建物が譲渡されたとき、賃貸人の地位は、原則として買主に移転するため(民法第605条の2)、賃貸借契約書を新たに締結する必要もありません。建物は人の生活や営業の基盤となるものであって、利用している賃借人を保護する必要性が高いことから、建物の引渡しを受けた後の賃借権は、法律で強力に保護してもらえるのです。※1 物を支配する権利のことを物権といいます。所有権、地上権、地役権、抵当権、留置権、占有権などがこれに当たります。※2 建物に賃借権の登記(賃借権設定登記等)をした場合も、賃借人は、建物の新所有者に対して賃借権を主張できますが、通常、建物賃借権の登記が行われることはありません。3. 抵当権との関係 (1) 抵当権設定登記後の建物引渡し 以上は、建物所有権の移転に伴う所有者と賃借人との間の法律関係を整理したものですが、抵当権(※3)と賃借権の間の優劣関係も問題になります。賃貸借の目的となる建物は、ほとんどの場合、収益物件である建物全体を担保に入れることを条件に金融機関から融資を受けて新築されています。この場合、新築時に建物全体に抵当権が設定されるため、通常の建物の賃貸借において、賃借権は抵当権に劣後し、賃借人は、建物の賃借権をもって、抵当権者や競売手続の買受人に対抗(=賃借人としての権利を主張)できないということになります。※3 抵当権は、物権の一つで、不動産(土地、建物)に設定される担保権です。抵当権を設定した者は、抵当権者に抵当不動産の占有を移転する必要がないことから、抵当不動産を賃貸不動産や自宅として利用し続けることができます。貸付等をする金融機関側としても、貸付金の返済を受けることに関心があるのであって、抵当不動産を占有する必要はありません。(2) 任意売却の場合 もっとも、家主(建物所有者)が替わる場合、旧所有者が建物を任意に売却し、売買代金をもって被担保債権の弁済を行うことがほとんどです。(※4)したがって、建物を賃借するに当たって、建物に抵当権設定登記がなされていることを過度に心配する必要はありません。※4 建物の買主・新所有者も、多くの場合、金融機関から融資を受けて建物(収益物件である建物全体)を購入するため、建物には別の抵当権が新たに設定されます。この別の抵当権の設定登記は、建物の売主・旧所有者と賃借人との間で行われた建物の引渡しよりも後に行われることから、この別の抵当権は、従前からの建物賃貸借に劣後することになります。(3) 抵当権が実行された場合 ~ 抵当建物賃借人の明渡猶予 収益物件であっても、建物所有者が任意売却に積極的でなかったり、抵当権者が売買代金をもって弁済される額に同意しなかったりといった事情で、任意売却がされないことがあります。このような事情の下で、賃借権に優先する抵当権が実行されて建物が競売された場合、賃借人は、競売手続の買受人に対して建物の賃貸借の効力を主張できません。ただし、競売手続の開始前から建物を賃借して使用収益する者は、買受人による買受けの時から6か月を経過するまで、その建物を買受人に引き渡す必要がありません。(民法395条1項)これは、建物の賃借権が6か月間存続するわけではなく、建物明渡しが6か月間猶予されているだけであり、かつ、建物を使用する者は、この間、建物使用の対価を買受人に支払う必要があります。1か月分以上の建物使用の対価の支払がない場合において、買受人が相当の期間を定めてその支払の催告をしたにもかかわらず、その期間内に履行がない場合、明渡猶予期間は失効します。(民法395条2項)2024年6月6日(2024年6月18日一部訂正)