1. 上限規制の内容 (1) 法定労働時間 労働基準法第32条1項及び2項は、使用者が労働者に労働させることができる時間の上限を、休憩時間を除き、原則、1週間40時間、1日8時間と定めています。この法律上労働させることができる1週間40時間、1日8時間のことを「法定労働時間」といいます。(※1)使用者が労働者に、法定労働時間を超えた労働(「法定時間外労働」又は「時間外労働」といいます。)をさせることは、原則として、違法です。※1 以下の事業のうち、常時10人未満の労働者を使用するものについては、週の法定労働時間を44時間とする特例が存在します。① 物品の販売、配給、保管若しくは賃貸又は理容の事業② 映画の映写、演劇その他興行の事業③ 病者又は虚弱者の治療、看護その他保健衛生の事業④ 旅館、料理店、飲食店、接客業又は娯楽場(労働基準法施行規則第25条の2第1項、労働基準法別表第1の第8号、第10号、第13号及び第14号)(2) 36協定 上記(1)にかかかわらず、使用者は、労働者の過半数で組織する労働組合又は労働者の過半数を代表する者との間で労働時間の延長等に関する労使協定を締結し、これを労働基準監督署に届け出た場合、労働者に時間外労働等をさせることができます。この労使協定は、労働基準法第36条に基づくものであることから、一般的に「36(さぶろく)協定」と呼ばれます。36協定を締結・届出した場合における時間外労働時間の上限は、月45時間、年360時間です(労働基準法第36条第3項及び第4項、※2、※3)。※2 いわゆる1年単位の変形労働時間制の対象期間として3か月を超える期間を定めている場合の上限は、月42時間、年320時間です。※3 新たな技術、商品又は役務の研究開発に係る業務には、下記※6以外の上限規制の適用がありません(労働基準法第36条第11項)。(3) 特別条項 上記(2)にかかかわらず、事業場における通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に上記(2)の上限を超えて労働させる必要がある場合(※4)は、36協定で、上限を超えて労働をさせることができる時間を定めることができます。臨時的に上限を超えて時間外労働をさせることを認める36協定の条項のことを「特別条項」といいます。36協定に特別条項を定める場合の上限は、次のとおりです。① 時間外労働及び休日労働の時間は、月100時間未満② 連続する2か月、3か月、4か月、5か月及び6か月のそれぞれの期間における時間外労働及び休日労働の時間は、平均月80時間以内③ 時間外労働の時間は、年720時間以内④ 月45時間を超えて時間外労働をさせることができる月数は、年6か月以内(※5)(労働基準法第36条第5項及び6項、※6)。※4 労働基準法第36条第5項の「通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に第3項の限度時間を超えて労働させる必要がある場合」とは、「全体として1年の半分を超えない一定の限られた時期において一時的・突発的に業務量が増える状況等により限度時間を超えて労働させる必要がある場合」をいいます。また、労働基準法第33条第1項の「災害その他避けることのできない事由によって、臨時の必要がある場合」は、これに含まれません。(厚生労働省通達平成30年12月28日基発1228第15号「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律による改正後の労働基準法関係の解釈について」4~5頁の答6参照)※5 いわゆる1年単位の変形労働時間制の対象期間として3か月を超える期間を定めている場合は月42時間です。※6 坑内労働等の健康上特に有害な業務については、時間外労働時間は1日2時間以内である必要があります。(4) 特例 工作物の建設の事業、自動車運転の業務、医業に従事する医師並びに鹿児島県及び沖縄県における砂糖製造業については、上記(3)の規制の適用が5年間猶予されていましたが、一部の特例を除き、2024年4月から適用が開始されています(※7)。特例が残るのは、工作物の建設の事業、自動車運転の業務及び医業に従事する医師です。工作物の建設の事業には、原則、上記(3)の規制がすべて適用されます。ただし、災害時における復旧及び復興の事業に限っては、上記(3)の①及び②の規制は適用されず、③及び④だけが適用されます。自動車運転の業務には、上記(3)の①、②及び④の規制は適用されません。③の年間の時間外労働の上限は960時間です。医業に従事する医師には、上記(3)の①、②及び④の規制は適用されません。③の年間の時間外・休日労働の上限は、地域医療の確保等の長時間労働が必要な理由がある場合が1,860時間、それ以外の場合が960時間です(※8、※9)。医療法等に追加的健康確保措置(連続勤務時間制限、勤務間インターバル、代償休息等)に関する定めがあります。※7 工作物の建設の事業、自動車運転の業務等への上記(3)の規制の適用は、「2024年問題」と呼ばれて問題視されてきました。例えば、運送業では、運転手の労働時間が制限されることで、1人当たりの走行距離が短くなり、モノが運べなくなることなどが懸念されています。※8 副業・兼業先の労働時間も通算した上限規制等もあります。※9 厚生労働省発行のパンフレット「医師の働き方改革 2024年4月までの手続きガイド」では、年間の時間外・休日労働の上限を1,860時間とする場合における長時間労働が必要な理由として、「地域医療の確保」、「臨床研修・専門研修医の研修」、「長時間修練が必要な技能の習得」などの事情が挙げられているのですが、これらは、上記※4の特別条項が定められる場合に該当しないと考えます。2. 労働時間の適正化に向けて 私個人は、過労自殺の事件を取り扱った経験等から労働者保護の必要性を強く感じているため、働き方改革を更に進め、理想としては、特例は廃止し、特別条項を定められる場合もより厳格化して、全業種で労働者の時間外労働時間を適正化していくべきだと考えています。所得の増加、キャリア形成や自己実現のため、時間外労働の上限規制を超えて働きたい個人は、労働者として長時間労働をするのではなく、起業をし、法人の経営者や個人事業主として、自らの働く時間と健康を管理していく方が良いように思います。労働者の立場のまま副業・兼業をする場合に関しては、別コラム「副業・兼業に関する情報の公表 ~ 厚生労働省ガイドラインの改訂」も参考にしてください。2024年9月11日